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映画、書評、ジャズなど

「ベニーグッドマン物語」★★★★☆

 アメリカのジャズを大衆音楽に育て上げた最大の立役者であるベニーグッドマンの半生を描いた映画です。1930年代のスウィング・ジャズ最盛期にビッグ・バンドを率いて大衆の心を掴んでいった様がよく描かれており、また、ライオネル・ハンプトン、ジーン・クルーパ、テディ・ウィルソンといった当時ベニー・グッドマンと共にプレイしていたビッグ・ネーム本人が演奏するシーンもふんだんに盛り込まれており、ジャズ好きにはたまらない映画です。

 ベニーグッドマンはユダヤ人のクラリネット奏者で、幼少の頃から才能を開花させます。蒸気船の中での小遣い稼ぎの演奏から、やがてバンドに加入して活躍するようになります。ラジオ番組の「レッツ・ダンス」ではバンドを率いて斬新な演奏スタイルを披露し、一気に全国区のジャズ・ミュージシャンへとのし上がっていきます。

 それから、NYタイムズスクウェアパラマウント劇場への出演を果たすとともに、ラストはカーネギー・ホールでのコンサートを無事成功裏に終える場面で映画は終了します。


 ジャズという音楽は人種問題を色濃く反映し続けてきたジャンルの音楽です。ベニーグッドマンは白人ではありますが、ユダヤ人の貧しい家庭の育ちです。当時ジャズという音楽はハイ・ソサエティの人々にはあまり認められていませんでした。現に、映画の中でも、ベニーグッドマンが一人のハイソサエティの女性と恋愛感情を抱きあうのですが、互いの育ちの差が壁となってなかなか結婚できないという事情が、映画を貫くテーマとして取り上げられています。
 そういう状況の中で、ベニーグッドマンが1938年にカーネギー・ホールでコンサートを行ったということは、大変大きな象徴的意味を持ってくるわけです。つまり、ジャズがハイ・ソサエティの人々の間でもようやく一人前の音楽として認知されたことを意味したのです。デューク・エリントンマイルス・デイヴィスも同様にカーネギー・ホールでのコンサートを実現させていきますが、一流のジャズ・ミュージシャンたちにとっては、カーネギー・ホールでコンサートを開くというのが大きなステータスを意味していたのです。

 また、当時は白人と黒人が一緒に演奏すること自体に大きな反発があった時代です。ベニー・グッドマンも黒人のテディ・ウィルソンとのプレイには当初躊躇していたようですが、やがてライオネル・ハンプトンら黒人ミュージシャンたちとも積極的にプレイしていくようになります。

 ライオネル・ハンプトンといえば、映画の中である島の船着き場で小さな居酒屋を経営する役で登場するライオネル・ハンプトンがおもむろにヴィブラフォンを持ち出してきて演奏を始め、ベニー・グッドマンテディ・ウィルソン、ジーン・クルーパらがジョインしていくシーンは、ジャズの開放性を象徴していて何とも素晴らしい場面です。個人的には、大ホールでのジャズの演奏よりも、こじんまりとしたスペースにおいて少人数のセッションを展開するという方がジャズには合っているような気がします。

 ちなみに、作品中に頻繁に登場するジーン・クルーパについて、村上春樹氏が

「ジーン・クルーパという名前を耳にすると、ベニー・グッドマン楽団での「シング・シング・シング」のソロが頭に浮かんで、つい「勘弁してもらいたいね」という気持ちになるんだけど・・・」

と述べているのですが、ずんどこずんどこ、とまるで太鼓を叩いているかのようなドラミングを聞いていると、多少げんなりした感じになります。

 ベニー・グッドマン役のスティーブ・アレンの演技がとてもクールで、落ち着いた感じのよい映画に仕上がっています。