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井上ひさし「ボローニャ紀行」

ボローニャ紀行

ボローニャ紀行

 近年はやりの創造都市といって真っ先に取り上げられるのがイタリアのボローニャです。ミートソース発祥の地、戦争中パルチザンとして数多くの市民がレジスタンスに参加した街、そして最近では小型精密機械で潤っている街、といった具合に数々の顔と魅力を備えた都市です。

 この井上ひさし氏の本は、そんなボローニャの特徴を鋭い視線で的確かつコンパクトにまとめたもので、大変優れた都市論でもあります。

 ボローニャは、数々の分野で創造性を発揮しています。

 まず、ボローニャが世界に誇るものの一つに「チネテカ」という映画の保存・修復のための施設があります。この誕生の秘話が面白い。ある共産党員が中国の文化革命を熱烈に支持したためにイタリアの共産党本部から除名されてしまい、仕方なく映画好きの友人たちと無声映画のフィルムを探し出して上映を始めたものの、古いフィルムだったためによく切れてしまう。そこで、フィルム修復のための組合会社を作ったのです。そして、これを聞きつけた世界各国の映画会社が山のようなフィルムを持ち込んできたというわけです。

 それから、日本茶のティーバッグ。ボローニャの優れた包装機械技術を用いて、従来ホッチキスで閉じていたティーバッグの口を、糸で閉じたのです。つまり、日本人はホッチキスの金気がお茶に入るのを嫌ったため、それを機械技術で解消したというわけです。

 こうした技術面での創造性がボローニャの大きな特徴であることは間違いないのですが、その背後には、過去を大事にするボローニャの人々のメンタリティがあることは重要な点です。

 井上氏は次のように述べています。

「過去と現在とは一本の糸のようにつながっている。現在を懸命に生きて未来を拓くには、過去に学ぶべきだ」

 こうしたメンタリティは、我々日本人が一番学ぶべき点でしょう。特に街並みについてはそうです。古い建造物をどんどん壊す一方で、過去から断絶された新しく醜い建物ばかりを建てていく、これが日本の街並みをどれほど駄目にしたことか。

 また、ボローニャの人々の生活は、独自のやり方で資本主義に対する防御措置を講じていると言うことができるように思います。古きを大切にするというのもそうですし、憲法にも規定されているという組合会社(=社会的協同組合)などもそうでしょう。

 他方、日本の都市は、資本主義への独自の防御措置を構築するのに明らかに失敗しています。街づくりも専ら利潤の発想からのみ行われています。だから、バブル期に顕著に見られたようなペンシル型の醜いビルが堂々と建っていたりするわけです。

 また、興味深いのは、イタリアの銀行は競って社会的協同組合を支援しているという点です。銀行法では、最終利益の49%以上を地域の文化やスポーツに還元するように定められているというから驚きです。日本でもこれくらいのことをすれば、文化の発展につながるはずです。

 かねてからイタリアの都市には興味があり、一度足を運んでみたいと思っていましたが、本書を読んでその意をさらに強くしました。