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「グラン・トリノ」★★★★★

http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD14137/
 いや、これはクリント・イーストウッド監督の渾身の力を込めた最高傑作であることは間違いありません。あまりの壮絶さに、映画終了後もしばらく呆然としてしまうほどで、余韻を冷ますのにこれだけ時間がかかった映画は久しぶりです。晩年を迎えつつあるイーストウッド監督が人間の「死に際」に正面から挑んだ作品と言えるでしょう。

 主人公のウォルト・コワルスキーは、朝鮮戦争帰りで長年フォードで自動車工として働き、今では余生を送っていたのであるが、愛する妻を失い、息子たちともうまくいかず、寂れた住宅街で、頑迷で孤独な生活を送っていた。

 隣の住宅にはベトナム戦争を逃れてきたモン族の一家が住んでいたが、ウォルトはこの一家を軽蔑していた。この一家のタオは、モン族のごろつきから促されて、ウォルトの愛車グラン・トリノを盗もうとしたが、ウォルトに見つかり失敗。タオはごろつきから付き回されるようになる。

 タオがグラン・トリノを盗もうとしたことを知った姉のスーは、ウォルトに対して、タオをしばらく働かせることを申し入れる。ウォルトはいやいやこれを受け入れたが、タオを一人前にするために精を出す。スーはウォルトを強引に自宅のモン族のパーティーに誘ったりするうちに、ウォルトはスーらに対して親近感を抱くようになる。

 タオはその後もごろつきから執拗に追い回され、頬に焼きを入れられる。これを知ったウォルトは、ごろつきのすみかに行き、その一人を打ちのめす。しかし、このことがごろつきらの更なる怒りを招き、この一家が銃撃された上に、スーはごろつきらから襲われ、心身を深く傷つけられてしまった。

 ウォルトは自分のした行為がこういう結果を招いたことを強く後悔するが、何か行動を起こさなければならない。スーの弟のタオはごろつきらに復讐を誓う。他方、教会の牧師は、ウォルトに対して自制を促す。ウォルトはこの局面においてどのように行動すべきか深く考える。

 その結果、ウォルトはタオを自宅に閉じこめた上で一人でごろつきの下へ向かう。ごろつきのすみかにたどり着くと、相手らもウォルトが来たことに気づき、一斉に銃口を向ける。ウォルトは煙草を加え火を着けてほしいと要求する。そして、胸元に手を差し入れるライターを取り出そうとする。胸元から手が出た瞬間、ごろつきらは一斉に発砲し、ウォルトは銃弾に倒れた。しかし、ウォルトが取り出したのは本当にライターだった。ウォルトはピストルを持たずに丸腰で乗り込んだのだった。

 こうして、ごろつきらには長期刑が下る見込みとなり、スーとタオは平穏に暮らせるようになった。ウォルトの残した遺書には、グラン・トリノはタオに譲ることが記されていた・・・。


 朝鮮戦争帰りのウォルトは、そのときの殺人の記憶に悩まされていた。しかも、タオのために良かれと考えて自分がごろつきらに対して加えた暴力が、却ってスーやタオを追い込むことになってしまったことを深く悔やみます。他方、スーの体がぼろぼろにされたことを放っておくわけにもいかない。そこでウォルトが取った行動は、自らの命を投げ出し、単身丸腰で敵陣に乗り込むことだったのです。それが、ウォルトの選択した死に際の美だったわけです。その結果、スーとタオには真の平和がもたらされたのです。

 この結末には正直度肝を抜かれました。何と説得力のある行動でしょうか!

 既に晩年を迎えているイーストウッド監督にとって、死に際の問題は自らにとっても最重要のテーマであることは容易に推測できます。日々、死に際について考えていたっておかしくありません。その中でイーストウッド監督が導き出した死に際の美についての哲学が、この作品にストレートに現れていると言っても過言ではないでしょう。

 こんな重厚なテーマを、コミカルな要素も盛り込みつつ作品化してしまうイーストウッド監督は、やはりとても素晴らしい監督です。そして、晩年を生きる孤独で頑迷な老人が徐々にうち解けていく様子を演じられるのは、俳優イーストウッドしかいません。

 そして、この映画では、退廃的なアメリカのコミュニティの現状や、開けっぴろげな人種差別の表現など、アメリカ社会の陰の側面がよく表現されているところにも感心してしまいました。ウォルトは、自分の敷地の芝生は丁寧に刈るものの、敷地外のコミュニティの現状には気を配ることはありません。プライベートな空間意識ばかりが肥大化した反面、公的な空間意識が喪失してしまったアメリカ社会の問題点がこの作品の中でくっきりと浮き彫りになっています。

 この作品は、監督・俳優としてのクリント・イーストウッドの集大成の作品として、映画史上に名を残すことは間違いないでしょう。個人的には、今世紀に入ってから最高の傑作です。