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映画、書評、ジャズなど

「おくりびと」★★★★

映画

おくりびと [DVD]

おくりびと [DVD]

 海外からの帰りの飛行機の中でやっと鑑賞しました。

 チェロ奏者だった大悟(本木雅弘)は、楽団が解散となったのを契機に、妻の美香(広末涼子)を連れて故郷の山形に帰る。そこで求人広告を見つけたのが納棺師の仕事だった。大悟は社長の佐々木(山崎努)に手ほどきを受けながら、徐々に納棺師という仕事の奥の深さに目覚めていくのだが、妻の美香は大悟が納棺師の仕事をしていると知ったとき、ショックで東京に戻ってしまう。やがて、美香は再び山形に戻ってくるのであるが、あるとき、大悟の元に小さい頃に生き別れていた実の父親の訃報にが届く。大悟は父親の元に赴き、納棺師として父親への最後の見送りをしたのだった・・・。


 この映画が高く評価されたのは、現代社会が極力日常生活から遠ざけていた「死」というテーマを正面から取り上げたからでしょう。現代社会は、日常生活の中で「死」に直接接する場面はほとんどないように構築されているといっても過言ではありません。我々は牛や鳥や豚の肉を日々口にしています。こうした「肉」という食材には、必然的に「死」が濃厚に付きまとっているはずなのですが、我々は牛や鳥や豚が屠殺される場面を見なくても済んでいるわけです。これは、「死」というテーマを日常生活から遠いところに隔離している典型的な例でしょう。

 人間の死についても同様で、多くの人が亡くなるのは病院においてです。ですから、我々はよほど身近な人以外の死に直接接することはないわけです。葬儀も葬儀屋がやってくれるので、自分たちで死体を扱う必要もありません。人間の死も巧妙にアウトソーシングされているので、我々は実際の身近な人物の死に際しても、死体と対峙するのは最小限で済むのです。

 この作品が取り上げた納棺師という仕事は、現代社会が人の死を日常生活から極力遠ざけようとする企ての中で生まれてきた職業ということが言えるでしょう。だからこそ、この映画を見た人は、現代社会においても死が意外に身近なところにあることに気づき、ハッとさせられるわけです。

 映画の中で、美香が屠殺されたばかりの鶏を譲り受けてきて大悟が吐き気をもよおす場面があります。そして大悟はしばらく経つと、免疫ができたのか鶏肉を無邪気にほおばるようになります。このちょっとした場面に、この映画の本質的なメッセージが込められているような気がします。

 このように、『おくりびと』が扱っているテーマは、現代社会における死の問題であるわけですが、これは世界的に通用する現代社会の普遍的なテーマです。ですから、しばしばこの映画が日本人の死生観が評価されたとか、納棺師の儀礼的作法が評価されたみたいな形で取り上げられるのはちょっと違うかなという気がします。むしろテーマが世界的に通用するテーマだったからこれだけ世界の人々から共感されたというのが正しい理解なのではないかと思います。

 とはいえ、映画の中で出てくる山形の光景は大変美しいものです。久石譲の音楽も素晴らしい。そういう意味で、映画としての日本文化が評価されたということは間違いないと思います。本木雅弘のセンスの良さもさることながら、広末涼子の無垢な演技や表情は、女優として天性のものと言えます。

 ただ、一つ残念だったのは、広末(美香)が納棺師という仕事が理解できず東京に戻ったのにもかかわらず、あっさりと山形に戻ってきたという展開です。ここはもう少し説得力をもったシナリオが必要だったでしょう。納棺師の仕事に理解を示していくプロセスこそがこの映画にとって重要な点なのですから。

 とはいえ、この映画は随所にコミカルな要素も取り入れられているなど、全体的な出来は素晴らしく、また、日本映画のテーマ選定センスの良さが光った映画と言えます。