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アジア漫遊記その2(上海編)

 香港の次に訪れたのは上海。中国の飛躍的な発展の象徴的都市です。

 街を一見したところ、もはや東京を始めとする先進国の都市に比べて何ら遜色はありません。空港から市街へ車で向かいますが、途中、もの凄い早さでリニアモーターカーが追い抜いていきます。そして市街に入ると「世紀大道」と呼ばれるまっすぐのびた道が中心部に向かって延びていますが、道路沿いの光景は、近代的な建物が建ち並び、かつての上海の面影のようなものはいささかも感じられません。上海はかつての中国のイメージとはあまりにもかけ離れており、もはや中国の中でも別の国と考えた方がよいくらかもしれません。

強権的な街づくり手法

 上海の金融の中心地は、黄浦川の東側に広がる「浦東」と呼ばれる地域です。ここに昨年10月にオープンしたのが「上海環球金融中心」です(下の写真の左側)。

 101階建てで高さ492mの超巨大な高層ビルで、上海の象徴と言うにふさわしい近代的な概観の建物です。尖端が栓抜きのような形をしており、空洞部分の上部まで登ることができます。一番てっぺんまで登ると150元(およそ1800円くらいか)ですから、決して安くはありません。登ったときは曇りがちで夜景が霞んでいたのであまり人はいませんでしたが、普段はそれでも結構人が入っているようです。

 こういうビルが街の中心部に存分の敷地を活用して建ってしまうのはいかにも中国ならではです。六本木ヒルズを始め日本の高層ビルは通常入り組んだ土地の権利関係を緻密に調整しながら建てられますが、中国ではそんな調整をしているとはとても思えません。政府の強権の下であっという間に土地がきれいに整備され、こうした大規模な開発が達成できてしまう印象です。

 同じく浦東地域にある「陸家嘴中心緑地」は、金融中心街に広がる広大で近代的な公園ですが、ここもかつては住宅が密集していた地域だったようです。森ビルのホームページにある1990年の写真と2008年の写真を比べれば、その違いは一目瞭然です。
http://www.mori.co.jp/projects/shanghai/background.htmlhttp://www.mori.co.jp/projects/shanghai/background.html

 街づくりというのは、時にはこうしたある種の強権発動を振るうことが求められる作業です。その中でつらい思いをする人たちもいることは事実でしょう。そうした方々にはきちんとした補償で対応するというのが、大胆な街づくりの在り方なのではないかと思います。それがなければ、後世にも受け継がれるきれいな街並みを整備することはなかなかできません。

 こうした考え方は中国が共産党独裁政権だから取り得るのだというわけでは決してありません。欧米の古くからの街並み保存もある種の強権的な手法で守られてきたからこそ、未だに誰が見ても美しい街並みが残り、そこで人々が生活をしているのです。

新天地の夜

 もう一つ上海の近代的側面を代表するスポットとして、新天地と呼ばれる地区があります。ここはおしゃれな飲食店が並ぶ一角なのですが、かつてのフランスの租界の街並みを再現した独特の情緒が溢れる地区です。オープン・カフェも数多く立地しており、いかにも欧米人が好みそうな作りとなっています。

 ここにあるレストランの値段は決して安くはありません。日本のおしゃれなナイトスポットと同じくらいの値段はします。にもかかわらず、ここでは上海の若者たちが大勢集結して、ナイトライフを楽しんでいます。バーでは中国人で構成されていると思われるバンドがかつて一世を風靡したGuns N' Rosesの「Sweet Child O' Mine」を力強く演奏し、観客たちがそれに応えてノリノリで声援を送るなど、ここは本当に中国か?と思ってしまうほどの開放ぶりです。

 考えてみれば、かの悪名高き天安門事件が起こってからすでに20年近くが過ぎようとしており、中国政府の言論統制によって民衆の間からその記憶が必然的に薄れてきているのでしょう。中国政府は、若者たちの関心を国内的な政治問題からそらすことにある程度成功しているのかもしれません。例えば、世界的にこれほど情報化が進んだ中で中国の若者たちがなぜ民主的な選挙が行われていないことに対して何の抗議の意思を示さないのかについては、我々の感覚ではなかなか理解しがたい問題です。しかし、これだけの経済的成功の恩恵を多くの中国人たちが享受しているという事実が、こうした疑問に対する答えなのではないかと思われす。だから、上海の若者たちが数年前に抗日運動を展開したときの共産党政権の狼狽ぶりは目に浮かぶようです。こんなにも経済的利益を享受している若者たちですら、一つ間違えれば政治運動の中核になってしまうということが明らかになったわけですから。

 しかし、経済が成功している間は若者の目をそらすことができたとしても、やがて経済が悪くなれば、不満の矛先が国政府に向かってくる可能性は決して低くはないでしょう。中国政府もそれだけ背水の陣を迫られているのではないかと思わざるを得ません。今はナイトライフを楽しく享受している若者たちのエネルギーが再び天安門の時のように中国政府に対して向かっていったときこそが、中国の正念場なのではないでしょうか。

老年爵士楽団

 上海に来たらどうしても見てみたいものがありました。それは「老年爵士楽団」という名のジャズバンドです。平均年齢80歳近くというバンドで、上海の名物の一つです。かつては観光の中心である外灘(ワイタン)地区の和平飯店で演奏していたのが、改装中のために、現在は上海中心部から少しはずれたホテルの店で演奏しているとのことで、早速足を運んでみました。
http://www.shanghaipeacehotel.com/inde_6.htm
 ホテルの3Fに上がりバンドが演奏している店に入ってみたのですが、誰も演奏している様子がありません。ステージの横で数名のおじさんたちが時間をもてあましている様子だったほかは誰も人がいなかったのですが、実はこのおじさんたちこそが老年爵士楽団のメンバーだったのです。
 しかし、我々が入っていくと、早速演奏を初めてくれました。そして、テーブルに置かれた曲リストを見ながらリクエストをしていくと、楽しそうに次から次へと演奏を繰り広げてくれました。リストの曲はかつてのビッグバンドの曲が中心で分かりやすいスタンダードばかりです。「Take The A Train」「Take Five」「Besame Mucho」「Slow boat to China」など全部で10曲以上のリクエストに応じて演奏してくれ、各演奏が終わり拍手をすると、その都度軽く手を挙げて応じてくれていました。

 正直、演奏自体はリズムセクションを中心に統率がとれているという感じではありませんでしたが、トランペット、サックス、ピアノはそれなりに聴かせてくれました。演奏の内容というよりも、老齢なメンバーたちが楽しそうに演奏している姿に魅力を感じます。

 客が少なかったのはやや残念でしたが、演奏を独占できたのは別の意味でラッキーでした。またいつの日か外灘の和平飯店に活動の場を戻し、活気ある中で演奏してほしいと思います。

外灘の夜景と奇妙な物体

 上海の風景の中で最も美しいのは、外灘のビル群でしょう。大半のビルが1920年代から30年代にかけての建物のようで、煉瓦造りのモダンな建築様式がかつての植民地時代の面影を彷彿とさせます。

 外灘のビル群は、黄浦江を挟んだ対岸から見ることをおすすめします。ライトアップされた夜景が抜群に素晴らしいことは疑いありませんが、昼間の光景もなかなかのものです。

 外灘とその対岸との間は、地下のトンネルを走るトロッコのような不思議な列車で結ばれています。トンネルは工事用に造られたものを活用しているとの話を聞きました。所要5分くらいでしょうか。トンネルには次々と奇妙な光のアートが繰り広げられ、人形が飛び出してきたりするなど、遊園地のアトラクションさながらです。一度は見てみる価値はあるかもしれませんが、1回乗れば十分といった感じのものです。

 この乗り物を使って外灘の側に渡ったのですが、正直、外灘側にはあまり行かない方がよいかもしれません。観光スポット化されているので、物乞いも多く、がらは全く良くありません。外灘の光景はやはり対岸からのみ楽しむべきもののようです。

 ところで、夜、外灘の対岸沿いを歩いていたところ、空中に火の玉のような物体が上昇していくのが見えました。飛行船が火事になって燃えているのか?と思っていたところ、次から次へと同じ物体が登っていきます。

 物体が発射している地点にたどりついてようやく分かったのですが、これはミニ気球だったのです。この気球、30センチ四方くらいの大きさで、ハートマークの形をしている商品です。カップルたちが集まって、下部に取り付けられたろうそくのような部分にライターで火をつけ、一定の時間が経って気球内の空気が熱せられると、自然にふわふわと上昇していきます。

 おそらく飛んでいるうちに火が燃え尽きるので、上空から市内に火が落っこちてくることはないのでしょうが、それにしても結構長い時間火が消えずに上昇していきます。街中でこんな火のついたものを気軽に打ち上げることが危険な行為以外の何ものでもないことは明らかです。風が強ければどっちの方向に飛んでいくか予測できません。つい先日、北京においてビル1棟が全焼する事件がありましたが、その原因はTV局が打ち上げた花火だそうです。この奇妙な物体もそんな事件を引き起こしても全然不思議ではありません。

 しかし、中国の警察は、公園の中では打ち上げるなと注意するばかりで、公園の外でこんな危険な物体を打ち上げることについては、何らお咎めがありません。ある気球は、工事中の建物をかすめながら上昇していっていましたが、下手をすれば、建物にかぶせられたネットに引火しかねず、大変危険な行為です。

 それにしても、こんな危険な物体を若者たちが警察の見ている前で堂々と打ち上げているというのは、開放的な上海を象徴していると言えるかもしれません。

中国まとめ

 上海は中国であって中国ではない、というのが率直な感想です。ここに生きる中国人たちはもはや途上国の面影すら感じられないライフスタイルを享受していますし、多くのビジネスマンたちは世界金融の最先端を生きているのです。ここでは、中国のイメージを再構築する必要があります。

 問題は、こんな平和な上海ライフがいつまで続くのかという点です。上海で高級なマンションを買いあさる人々と内陸の人々との格差はおそらく尋常なレベルではないでしょう。上海は特別だと言っても、内陸の人々を納得させるだけの説得力はありません。中国共産党一党独裁の下でこうした格差状況が生じているわけですから、こうした格差に対する不満が共産党政権に向かったとしても決して不思議ではありません。

 この格差の矛盾を顕在化させずに政権運営を続けていくことが果たして可能なのかどうか。これはひとえに中国がどこまで経済成長を続けることができるかにかかっているように思います。中国は8%成長を続けていかなければ、新規の雇用者を吸収できないということは、よく指摘されています。つまり、中国では5%の成長を遂げたとしても、多くの失業者が生じてしまうような状況であり、中国があくまで8%の成長にこだわり続けなければならない理由がここにあります。

 中国社会のかかえる矛盾や苦悩がこの上海の街には根強く横たわっています。その中で若者たちは刹那的な繁栄を謳歌している、そんな印象を受けます。

 次はホーチミンです。