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映画、書評、ジャズなど

アジア漫遊記その1(香港編)

旅行記

 とある事情から、東アジア各国を訪れる機会を得ました。初めての体験で興奮の連続でしたので、少し書き残しておきたいと思います。

 最初に足を踏み入れたのは香港。東洋的な面と西洋的な面とが融合して独特の情緒を形成している魅力的な都市というイメージが強くこびりついており、しかも香港映画さながらのマフィアの闇社会が奥深く広がっているのではないかという根拠のない期待感の中で、とにかく行く前からわくわく心躍らせていました。

 成田からJAL便に乗り込み、いざ香港に出発。4時間で香港に到着です。飛行機が徐々に高度を下げていき、下界の様子が明らかになってくるのですが、見えてくるのは殺風景な岩山ばかり。おそらくここは、数多くの人間が住み着く前は、ごつごつした岩肌をさらした山以外何も見るべき点のない場所だったに違いありません。地球の歩き方を見ると、確かに、香港が170年ほど前に世界史に登場する以前は、人口7000人ほどの小さな漁村だったとあります。それが、わずか百数十年の間にアジアを代表する一大金融センターに発展させてしてしまうのですから驚きです。

 空港から車で市内に向かいますが、しばらくはランタオ島の岩肌の殺風景な光景が続きます。やがて、左手の方に近代的な高層マンションが続々と現れ、さらに大きな橋を渡って九龍に至ると、右手の海沿いに凄まじい数のクレーンを擁した巨大コンテナ基地が姿を現してきます。その規模は並大抵の大きさではありません。世界中のありとあらゆる貿易物資がここに集結したって収容できるのではないかと思えるほどの圧倒的な規模です。香港は中国への貿易の拠点として発達してきたわけですが、そんな貿易中継点として発達した香港の力強さの根源がこの壮大なコンテナ基地に象徴されています。

 やがてトンネルをくぐって香港島の方に渡ります。中環(セントラル)は香港の行政の中心地です。ここまで来ると、もう普通の先進国の風景と変わりありません。近代的な構想オフィスビルが建ち並んでいます。

 それにしても、170年前までは何も見るべきところのなかった漁村を、英国はアヘン戦争によって植民地化し、たった170年の間に、世界の貿易・金融の中心地へと発展させていったわけです。英国人のこのヴァイタリティはいったいどこからやってきたのでしょうか。車中から高層ビル群がこれでもかとばかりに立ち並ぶ光景をながめながら、つくづく、人間の持つヴァイタリティの凄まじさとある種の恐ろしさを痛感しました。

 帝国主義時代、なぜ英国人たちが母国から遠く離れたさびれた漁村にこのような近代的な都市を発展させなければならなかったのでしょうか。おそらくは、資本主義的な拡大欲が彼らの活動の根源になっていたのでしょう。かつて世界中を縦横無尽に動き回って我が物顔に振る舞っていた英国人の栄華は今日ではもはや見る影もありませんが、西洋近代というのは、人間の過剰とも言うべき欲望の上に成り立っているのだということを、つくづくと感じてしまいました。

 それまで細々と魚を捕って生計を立てていたであろうこの地の人々にとっては、英国人が突如としてやってきて、自分たちのスタイルに見合った街を作っていったのですから、いささか迷惑な話だったに違いありません。しかし、香港が英国から返還された今では、住民の大半を占める中国人たちが、英国人たちの開いてきたこの街で、ビジネスの中心的な役割を占めている、これも何とも不思議なことです。アジアの人たちも一旦西欧的な資本主義的欲望に味を占めると、もはや後戻りはできないということなのでしょう。これまで独自の生活様式を指向してきたアジアの人々も、西欧型資本主義の浸透力の凄まじさの前ではなすすべもなかったのでしょうか。

香港の街並み

 ホテルに荷物を置いて外に出ると、まず驚かされるのは、道路の真上にせり出しているカラフルな看板群です。

 日本では道路の上に看板がせり出すということは、道路管理上の都合からかまず考えられません。看板の色はとにかく派手で、歩行者の目を引こうと互いに派手さを競い合っているかのように感じられます。ただし、そんな派手な看板が案外悪趣味ではないところがポイントです。日本でこんな派手な看板を出したら、下品と一蹴されてしまいそうですが、ここ香港ではそんな派手さが街の風景とマッチしているばかりか、それこそが香港の風景を作り上げているといっても過言ではありません。それは、香港の人々のヴァイタリティを象徴しているかのような気がします。

 香港島側の湾仔(ワンジャイ)地区のホテルに荷物を置いてまず向かったのは、九龍(カオルーン)側を一望できるウォーターフロント。香港の近代的な街並みが海を挟んで向こう側に広がっています。香港の数多くのビュースポットの中でも素晴らしいスポットの一つでしょう。対岸まではそれなりの距離がありますが、今では両岸をつなぐトンネルが何本かできていますので、実際の距離感はさほど感じられなくなっています。

 それにしても、周囲をぐるっと見渡しただけでも、日本企業の看板が数多く目に付きます。「Panasonic」「Cannon」「Sharp」「Epson」といった有数の電機メーカーが圧倒的に目立つ位置に看板を掲げています。

そして、中環にそびえ立つ一際高い高層ビルが「国際金融中心二期」のビルです。88階建てで420m。今や香港のシンボル的な高層ビルで、ビジネスの中心的な存在です。

ヴィクトリア・ピーク

 次に向かったのは、ヴィクトリア・ピーク。香港に来たビギナー観光客なら必ず足を運ぶポイントです。

 ヴィクトリア・ピークに登るためには、通常「ピークトラム」というケーブルカーに乗ります。このケーブルカー、一見何の変哲もないケーブルカーなのですが、完成したのは1888年ということで、実は意外に長い歴史を持っています。もの凄い急な勾配を登っていきます。普通のケーブルカーであれば、一定の角度の勾配を登っていくことが多いですが、このケーブルカーは、場所によって角度を変えながら登っていきますので、急に車両が大きく傾くと、立っている人は手摺りに必死につかまらなければ斜面下に向かって滑り落ちていきそうになります。スイス製でこれまで無事故というのが売りのようですが、なかなか信じられません。角度がころころ変わるので、その分ワイヤーロープにも負荷がかかるような気がしますし、どう考えても、そのうち、ワイヤーロープが切れてしまうのではないかという気がしてしまいます。

 さて、ピークから眺めはさすがにきれいです。香港島側の高層ビル群が手前に見え、奥の方には九龍側の街並みがかすんで見えます。夜のここからの眺めはおそらくはさぞかしきれいでしょう。残念ながらピークの気温は相当低く、景色以外には見るべき施設もないので(ゲームセンターが開業しているのはどこのミーハーな観光地でも一緒なのでしょうか・・・)、日が暮れる前に撤退することにしました。

屋台での活気あふれた食事

 夕食はやはり屋台でしょう。香港映画などでは屋台で食事をしているマフィアたちが突然抗争を始めるなんていう場面がありますが、そんな空想を抱きながら、屋台へ足を運んでいきました。

 宿泊している湾仔(ワンジャイ)の隣にある銅鑼湾(トンローワン)地区の一角には、道路脇にびっしりと屋台が広がっています。夕方少し早めの時間に行くと、道路脇に並べられたテーブルには、まだ人がちらほらといった程度ですが、しばらくすると続々と人が詰めかけ、地元の人たちを中心としてあっという間に満席となります。食事をしたのは確か「明記海鮮火鍋」といった名前の店ですが、その他にもずらりと屋台のテーブルを擁した店が並んでいます。おそらく日本では道路占用許可などの手続きの関係上、こうした屋台を気軽に出すことは難しいと思います。確かに、香港でもたまに、屋台で食べているすぐそばを大型のトラックがその間を縫うように進んでいくので、気を抜いていると危うく接触しそうになります。

 ここは香港のビジネス街とはうってかわってローカル色の溢れた世界が繰り広げられており、集まってくる人々も一見して地元の人たちです。小さな子どもを含む家族三世代で団らんを楽しんでいるグループもあれば、地元の友人同士が集まったと思われる男ばかりの集団もいたり、大変バラエティに富んだグループが屋台を囲んでいます。彼らは本当に楽しそうに食事と会話を楽しんでいます。香港では地元の様々なコミュニティがまだ生きているのでしょう。核家族化が進み、地域コミュニティも崩壊しかけている日本とは大きな違いを感じます。

 食事の中身も申し分ありません。火鍋はやはり最高で、羊肉や豚肉を荒くぶったぎって鍋にぶっ込んでいるという感じなのですが、それが絶品のスープとマッチしてとても美味です。隣の欧米人が食べている魚料理を見てすかさず頼んだところ、それは鯉を一匹まるまる料理したものでした。鯉の臭みが残ってはいましたが、十分においしく、日本でこんなの頼んだら大変な値段になるだろうと思われますが、ここ香港ではそこそこ安価で堪能することができるのが魅力です。

 屋台の頭上を見上げると、そこにはうす汚れたどことなく影のただようビルがそびえ立っています。おそらく上の方は住居になっていると思われますが、この中で一体どんな活動が行われているのだろうか?マフィアが暗躍しているのではないか?といったたわいもない想像を働かせるのに十分な貫禄と不気味さを持ったビルです。香港映画さながらに、今にも屋上からマフィアに殺された人が転落してくるのではないか、などと想像しているうちに、あっという間に時間も過ぎてしまいました。

 というわけで、この屋台の店はあまりにも気に入ってしまったので、この店には2日連続して通ってしまいました。

 その後、シェラトン・ホテルの最上階にあるバーからの夜景を楽しみましたが、やはり香港島側の夜景は抜群でした。値段がやや高いせいもあってか、来ている客は欧米人か日本人ばかりのようでした。こういうバーからの光景ももちろん悪くはないのですが、やはり屋台の魅力にはかないません。

食について

 屋台もそうですが、香港の最大の魅力はやはり「食」にあるような気がします。道を歩いていればあちらこちらに焼かれた豚がぶら下がっており、慣れていない人は多少ひいてしまいますが、食欲を大いにそそられることには違いありません。

 平日の昼間に飲茶の店に行きましたが、ここでも広大な店は超満員。みんなとにかく楽しそうに会話をしています。満員のテーブルを縫うようにして、おいしそうな点心を積み込んだワゴンが行き交い、おもわず許容量以上に注文してしまいます。

 日本では昼食の時間が軽視されているような気がします。多くの企業などでも昼休みの時間もどんどん削減され、昼食を満喫するというには時間があまりに短いという気がします。他方、香港では、みんな昼食のために午前中の仕事をがんばり、昼食があるから午後の仕事もがんばれるというサイクルが機能しているような感じすらしてしまいます。

 食といえば、牛丼の吉野家をこちらで見かけましたが、表のメニューに、牛丼と魚の照焼とペプシのセットというのがあったのが印象的でした。これが香港特有のメニューなのかどうかは定かではありませんが、牛丼とペプシの組み合わせ、まぁ食べられないことはないものの、香港ならではの斬新な発想という気もしなくもありません。こんなところにも、ちょっとした文化の融合が見られたことは、何となく興味深いものでした。

香港まとめ

 事前の予想に違わず、香港は極めて魅力溢れる街でした。古いものと新しいものとの融合、東洋と西洋の融合、異なった文化が融合するとまた新たな文化の魅力が生まれるのだということが、この街からひしひしと感じました。

 こうした融合的な側面は、この後行く上海の街づくりの方針とは明らかに対照的です。上海は古きものをぶち壊しながら近代的な街をつくりあげています。それが上海の魅力を生みだしているという面があることももちろん否定はしませんし、上海の街並みの方が清潔感という面では優れているかもしれません。しかし、個人的には、やはり香港型の発展方式の方が肌が合いますし、日本もこうした発展の仕方を模索した方が魅力的な街並みを構築することができるのではないかという気がします。

 去る人たちに必ずやもう一度訪れたいと思わせる不思議な魅力を持つ街です。