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スティーグ・ラーソン「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 上

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 上

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 下

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 下

 今年最初の記事は、今話題のミステリー作品です。

 この作品は、全世界で800万部の売り上げを記録した三部作の翻訳第一弾作品です。本の帯によれば、人口900万人のスウェーデンで三部作合計で290万部の売り上げを記録、フランスでも200万部を突破しているそうで、その反響の大きさは尋常ではありません。

 こうした事実だけでも、この作品を手に取ってみる動機としては十分過ぎるのですが、この作品にはもう1つ重大なエピソードが伴っています。それは、作者のスティーグ・ラーソンという方の経歴です。
 作者のスティーグ・ラーソンは、1954年にスウェーデンに生まれた方で、グラフィック・デザイナーとして20年間働き、英国の反ファシズム雑誌の編集に長く携わっていたとのこと。2002年からこのミレニアム三部作の執筆に取りかかり、2005年に発売されるとたちまちベストセラーになります。
 これだけであれば作家としてのサクセス・ストーリーに過ぎませんが、実はスティーグ・ラーソンは、この作品の大ヒットを目の当たりにすることなく、2004年に心筋梗塞で亡くなっています。享年50歳。

 つまり、この三部作はスティーグ・ラーソンにとって処女作であり、かつ、遺作でもあるのです。

 今回邦訳されたのは、第1弾発売作品の「ドラゴン・タトゥーの女」(上・下)です。早速買って読んでみたのですが、これがとてつもなく面白いミステリーで、上下通してあっという間に読み終えてしまいました。

 主人公は月刊誌「ミレニアム」の発行責任者ミカエル。彼は大企業家ヴェンネルストレムの巨悪を暴く記事を掲載したが、名誉毀損で訴えられて敗訴する。ヴェンネルストレムの手によって故意に掴まされたネタにミカエルは軽率に乗っかってしまったのだった。ミカエルは一旦「ミレニアム」の役職を退くこととするが、そんなとき、彼に不可解な依頼が舞い込んでくる。依頼の主はヴァンゲル・グループという財閥グループをかつて率い、現在は引退しているヘンリック・ヴァンゲルだった。

 ヘンリックの依頼は、36年前に失踪したヴァンゲル一族のハリエットという当時16歳の少女だった女性の行方を突き止めることだった。ヘンリックは自らの兄の孫娘に当たるハリエットに対しては、格別の厚意を持っており、ヴァンゲル一族の誰かがハリエットの失踪に関わっていると考えていた。

 ハリエットは、36年前に、スウェーデンのヘーデビー島で忽然と姿を消してしまった。ちょうどその日は、ヴァンゲル一族の会議が開かれており、多くの一族が集結していた。そしてその日、ヘーデビー島と本土を結ぶ橋で衝突事故が発生し、ヘーデビー島と本土の交通は遮断されていた。つまり、この失踪事件は、ある種の<密室>の状態で起こったのだった。
 ミカエルの仇敵であるヴェンネルストレムは、かつてこのヴァンゲル・グループで働いていた。ヘンリックはミカエルに対し、この依頼を受け入れてくれれば、ヴェンネルストレムの重大な秘密を教えるという。有罪判決を受け禁固刑間近のミカエルは悩んだ末に、この依頼を受けることとした。ヘンリックは『ミレニアム』の共同経営者に名を連ね、世間を驚かせる。

 ミカエルの調査の手助けをすることになったのは、全身にタトゥーやピアスをまとった内向的な女性リスベットだった。彼女は抜群の映像記憶力を持ち、世界中に独自のネットワーク網を持ち、ハッカーの腕前も抜群だった。他人に心を開くことのなかった彼女だったが、ミカエルに対してだけはなぜか心を許してしまうのだった。

 ミカエルは、ハリエット失踪当日の数々の写真を見ていて、ある事実に気がつく。当日行われていた子ども祭りのパレードでハリエットだけが青ざめた表情でパレードとは別の方向を見ていたのだった。そして、ハリエットの部屋の窓にある女性が写っているのを確認する。

 そして、ハリエットの手帳に残されたなぞの英数字の羅列。それが何を意味するのか。そのヒントを与えてくれたのはミカエルの娘の一言だった。それは、旧約聖書の一節を指すもので、過去にスウェーデンで起こった数々のおぞましい未解決の女性陵辱殺害事件を表していたのだった。ではハリエットはなぜこれらの事件を手帳に記さなければならなかったのか。

 ミカエルは、ヘンリックの持っていた事件当日に一族が集まった写真を見てハッとする。そこに写っていたのは現在ヴァンゲル・グループの会長を務めているマルティン・ヴァンゲルだった。マルティンはその日、家族会議に遅れて到着していたと証言していたが、それは嘘だった。ミカエルは、その日ハリエットが青ざめた顔をして見ていた視線の先にこのマルティンがいたと確信する。
 ミカエルはこの疑問をマルティンに直接質そうとマルティ邸に向かう。が、そのとき、マルティンに地下室に連れ込まれてしまう。

 一方、リスベットも、過去のヴァンゲル・グループの関連資料を調査していて、あることに気がつく。過去の女性陵辱事件の現場には、ヘンリックの甥に当たるゴットフリードがいたことを突き止める。そして、さらに、このゴットフリードが死んだ後の事件においては、マルティンがその現地に滞在していたことに気がつく。リスベットはミカエルの下に急行する。

 マルティン邸の地下室に連れ込まれていたミカエルは、マルティンの口から衝撃的な言葉を耳にする。マルティン父親であるゴットフリードと共に陵辱事件に立ち会っていた。そして、ゴットフリードの死後は、自ら陵辱事件を引き起こしていた。さらにマルティンは、過去の陵辱事件に関与していたばかりではなく、今もなお数々の陵辱をこの地下室で繰り広げていたのだった。マルティンがミカエルを殺害しようとしていたそのとき、リスベットはこの地下室にたどり着き、間一髪、ミカエルを救出する。大けがを負ったヘンリックは車に乗って逃走を図るが、36年前に衝突事故が起こった橋の上で正面衝突を引き起こし、死亡する。

 残すはハリエットの行方についてだ。当日の写真でハリエットの部屋の窓に映っていたのは、ヘンリックの姪のアニタであると思われた。ロンドンに住むアニタの電話を盗聴すると、オーストラリアと連絡を取っていることが明らかになった。ミカエルは早速、オーストラリアの電話の相手の所在地に向かう。そこには、今では大農場を経営するハリエットの姿があった。ハリエットは、父親であるゴットフリードと兄であるマルティンから陵辱を受けており、父親の死後、しばらくはヘンリックの下に引き取られてマルティンから離れた場所で暮らしていたのだったが、事件当日にマルティンの姿を見かけ、心を開いていたアニタに相談し、アニタの車のトランクに隠れてヘーデビー島を脱出したのだった。

 ミカエルは、ハリエットをスウェーデンに呼び寄せ、ヘンリックと面会させる。しかし、ミカエルの心中には、ジャーナリストとしての良心の呵責が残った。このヴァンゲル一族に関わる事件、そして何よりもマルティンの残虐な悪行が繰り広げられた地下室の存在を世間に晒せば、ハリエットの過去の悲惨な体験を再び浮きだたせることになってしまうことから、この事件を公にすることはできなかったのだ。このことはミカエルを苦しめることにもなった。

 しかし、ミカエルは、この調査の片腕として活躍したリスベットの力を借りて、ヴェンネルストレムに再び戦いを挑むことを決意する。リスベットはハッキングの技術を活用して、ヴェンネルストレムのメールを全てチェックすることができた。その結果、ヴェンネルストレムの想像を絶する悪行の証拠が手に入った。ミカエルは『ミレニアム』にこの調査結果を掲載し、併せて、本も出版する。ヴェンネルストレムは逃亡中に何者かに狙撃されて命を落とす。

 リスベットはいつの間にかミカエルに恋をしていた。そして、その思いをミカエルに伝えようとしたが、ミカエルが同僚の女性エリカと親しげにしている光景を目の当たりにして、断念してしまうのだった・・・。


 もの凄く壮大でしかも緻密、細部の構成が実に練られている無駄のない作品です。おそらく、これまでのミステリー・作品の中でもトップクラスの面白さといってもよいでしょう。

 旧約聖書の引用、そして反ユダヤ思想なども織り交ぜられながら、壮大なスケールで話は進んでいきます。ハリエットのメモと旧約聖書との関係が明らかになる場面は、思わず背筋がゾクッとしてしまう緊張感があります。

 そして、タトゥーを全身にまとった女性リスベットのキャラクターも魅力的です。ずばぬけた能力を持っているものの、他人に心を閉ざし、反骨精神旺盛に生きてきた、でも、ミカエルにだけは心を許してしまうという女らしさがかいま見られる・・・、よくできたキャラクター設定です。

 それにしても、すごいミステリー作品です。こんな才能溢れた作品を作りあげた作者がその成功を目の当たりにすることなく亡くなってしまう・・・、不謹慎ながら、これこそ出来過ぎたミステリーのような気がしてしまいます。