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映画、書評、ジャズなど

山田登世子「リゾート世紀末―水の記憶の旅」

文化

リゾート世紀末―水の記憶の旅

リゾート世紀末―水の記憶の旅

 本書は19世紀のフランスのリゾートを研究した労作です。モーパッサンプルースト、ピエール・ロチ、そしてヴェルヌなどの文学書を引きつつ、リゾートの歴史や成り立ちを解明しようとされている著者の御尽力には頭が下がります。

 本書では、19世紀のフランスにおけるリゾートがパリ近郊から海浜へと移っていった過程が克明に描かれています。

 パリの都市の住民は当初パリ近郊の田園風景というアジールを求め、セーヌ河畔の美的な野と水の風景を発見し、これを消費するようになります。水の上のカフェ「ラ・グルヌイエール」:には様々な階級の人々が集い交わります。こうしてパリに余暇とレジャーの時代が到来するのですが、やがて鉄道が整備されるようになると、リゾートの対象はノルマンディー海浜に移っていきます。夏の暑さを逃れてノルマンディー海浜で一定期間滞在することがトレンドになっていくのです。やがて、海浜リゾートは南仏へと広がっていき、コート・ダジュールといったリゾート地が開発されていきます。そして、こうしたリゾート地には避寒地として有閑階級が集い、社交の場が形成されていくのです。

 もともと海浜リゾートは「療養」を目的とするものとしてイギリスで始まったものです。すなわち、浜辺の空気が体に良いと考えられ、イギリスのブライトンにおける海浜リゾートがモデルとなって、フランスに持ち込まれたわけです(この辺の歴史については、アラン・コルバンの大著『浜辺の誕生』に詳しいです。)。

 つまり、リゾートというのはその起源においていわば「死」のイメージと裏腹だったわけで、この事実には新鮮な衝撃を覚えます。

 ちなみに、この時代のフランスでは衛生感覚の重要な転換が生じます。そのきっかけを作ったのはパスツールです。パスツール以降、人々は無菌状態を理想とし、清潔な環境を築くために見えない敵と戦い始めるようになるのです。また、この時期には併せて、電気が体に良いものとされ、電気が人々の熱狂を駆り立てたというのも、今から見れば驚きを覚えます。

 さて、海浜リゾートに話を戻せば、海浜リゾートとヴァカンスを争う存在だったのが温泉です。温泉地の遊歩場は社交の場であったのです。この時期の温泉地の開発として特筆すべきはヴィシーです。ヴィシーには始めてカジノも整備され、様々な施設を備えた温泉地のモデルとなります。こうしたヴィシー経営の率いていたのはカルーという資本家でした。

 そして、温泉地で重要だったのは「水」です。当時温泉といえば何より飲泉だったようですが、温泉は衛生感覚の変化と併せて人々の嗜好に合致するようになっていきます。ボトリングの技術の発展も相まって、まずヴィシーで水のボトリングが始められ、今日でも売られているエヴィアンなどにも広まっていきます。今ではスパークリング・ウォーターの代表となっているペリエベル・エポックの時代に開始されたものです。

 そしてスポーツをリゾートに取り入れる傾向もこの時期の産物といえます。イギリスのジェントルマンたちに由来するゴルフやテニスといったスポーツはリゾートライフにマッチします。イギリス流のスポーツマンシップブルジョア社会に同化できない青年貴族たちにとっては、社会に何らかの地歩を占めるためにうってつけのものだったのです。つまり、この時期にグーベルタンが唱えたアマチュアリズムは貴族たちに見事にマッチしたというわけです。
 著者はルパンがこの時期に一世を風靡したのも偶然ではないとし、ルパンこそが社交界のダンディだとします。

「まさに怪盗紳士ルパンはグーベルタン男爵の思いがけぬ私生児というべきだろう。」(p214)

はなかなかユニークな指摘です。


 こんな感じで、本書はベル・エポックのフランスに開花したリゾート・ライフを中心に、叙情的なタッチで描かれた本です。所々に挟み込まれている写真や絵なども本書の内容とマッチしていて、読んでいてなかなか豊かな気持ちになれます。

 ベル・エポックという時代に生まれたリゾートの在り方は、今日にまで大変大きな影響を与えているように思います。フランスはヴァカンス大国といわれ、今では多くの国民がヴァカンスを楽しんでいますが、庶民も含めてヴァカンスを享受するようになったのは戦後のことです。しかし、そうしたライフスタイルの原型は、明らかにベル・エポックの時代にあると言えるでしょう。つまり、ベル・エポックの時代に貴族たちが築き上げたリゾート・ライフを大衆が模範として追随しているという構図が見えてきます。

 日本のリゾート・ライフというものを考えたとき、大衆が追随するようなリゾート・ライフというものがあったかどうかが、ヨーロッパとの最も大きな違いなのではないでしょうか。

 日本で長期休暇がなかなか浸透しない理由の一つがここにあるような気がします。つまり、日本人は長期の休暇を取得したとしても、その期間をどのように過ごせばよいかについて、何ら模範となるものがなく、おそらく休暇をもてあましてしまい、うまく過ごすことができないのではないかという気がするのです。

 そして、日本に長期滞在でき、しかも各国から人々が大挙して集まってくるようなリゾート地が存在しないのも、正に相通じる事情があるような気がします。人々が落ち着いて優雅にリゾート・ライフを過ごすという例が日本には存在しないのです。強いて言えば、ひなびた温泉に長期滞在するという例があるくらいで、これでは南仏の海岸のように世界から人を呼び込むというのはなかなか難しいでしょう。

 これからの日本人にとっての長期休暇の在り方を考える上でも、ヨーロッパのリゾートの歴史や成り立ちは大変学ぶべき点は多いように思われ、数少ないリゾート研究の一つである本書は、大変貴重です。