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映画、書評、ジャズなど

岩崎明彦「『フラガール』を支えた映画ファンドのスゴい仕組み」

 著者は映画「フラガール」を始めとする映画に投資するファンド組成した人物で、本書はその成功体験記ともいうべき内容です。「フラガール」の制作にまつわる話も面白いのですが、一番本書の興味深い点は、映画製作における利益構造が分かりやすく示されている点です。

 本書によれば、映画の興行収入を100とすると、まず映画館がそのうち50を取り、残りの50のうち、配給会社は手数料として10程度持って行き、映画の著作権を持っている会社に戻ってくるのは40前後だとのことです。

 このほか、ビデオグラム(VHSテープやDVDといった映像ソフト)については、販売(セル)と貸与(レンタル)に分けられますが、セルの場合、販売価格を100とすれば、流通コストや製造コストを合算すると大体75程度になるので、残りの25程度が著作権を持っている会社に戻ってくるとのことです。
 他方、レンタルの場合は、レンタル店の買い取り価格を100とすると、流通コストや製造コストを合算すると大体65程度になるので、残りの35程度が回収されるとのことです。

 では「フラガール」の場合はどうなったかというと、まず、興行収入が15億円だったので、権利保有者の手元に残るのは15億円×40%=約6億円となります。さらに、セルの売り上げが7億6000万円だったので、そのうちの25%程度すなわち2億円弱が権利者に残り、レンタルについてもやはり2億円程度の収益が残ったことになります。それにテレビ放映権などの約1億円を加えると、大体12億円を生み出したという計算になるわけです。

 他方、「フラガール」にかかった支出はどうだったかといえば、製作費が3億円、P&A費(Printing & Advertising Expense)すなわち宣伝広告費が3億円ですから、合計6億円。つまり、コスト6億円で12億円の収益を生み出したというわけです。

 このP&A費については「P&A費のマジック」と呼ばれる現象がしばしば起こるようです。これは、実際に作品が公開されて予想以上に観客の入りがよい場合、テレビCMなどで追加的に宣伝広告を行って大ヒットを呼び込もうとすることがあり、結果的にP&A費がかさんでしまった収益が回収できないというたちの悪い現象のことを指すようです。

 また、さらに気をつけるべき点は「興行保障」と呼ばれる制度の存在です。これは、作品がこけた場合に、劇場側の損失を補填するという商慣行です。これは俗に“タマを入れる”という言い方をされているようで、表面上は前売り券の購入代金という名目で処理されていることが多いとのことです。

 さらに、劇場側が受け取る利益と配給会社の利益が「アジャスト」されるということも行われているようです。これは、劇場公開が終了した後で配給側に配分される割合を事前に確定するのではなく、公開終了後に交渉が始まるという商慣行で、いかにも日本的な商慣行です。

 このほか、日本の映画界においては、主役級の俳優や有名監督の場合、印税や成功報酬は事前に決められるのではなく、契約書の中では“別途協議する”とされていることが多いそうです。

 このように、映画の世界では、独特の商慣行がまかり通っているようです。こうした商慣行の紹介に加え、映画ファンドについても分かりやすく説明されています。著者が携わったシネカノンファンドでは45億円を超える資金を集め、約20タイトルの映画作品に対して投資がなされたとのことで、「フラガール」もこの資金を活用して制作されたものだそうです。

 では、このファンドの仕組みはどうなっているのか。ここで登場する主なプレーヤーは、映画製作者、ファンド、そして投資家です。

 まず、映画製作者は自己資金で映画を製作し、作品が完成すると同時に、信託会社に対して著作権信託を設定し、信託会社は映画製作者に対して信託受益権(映画の著作権からあがってくる収益を受ける権利)を交付します。そして映画製作者はこの信託収益権をファンドに対して譲渡し、ファンドからはその譲渡代金という形で金銭が支払われます。

 ここでなぜ信託という制度を利用するかといえば、例えば、映画製作会社が倒産した場合、著作権が他社に押さえられてしまうと投資家は資金を回収できなくなってしまうおそれがあるわけですが、信託の制度を利用すれば、著作権が信託会社に移転しているため、安全に保管されるというメリットがあるというわけです。

 ところで、一般的に製作委員会方式というのが採用されている場合が多く見られます。これについて本書でも簡単に触れられていますが、この場合、任意組合の形式をとり、組合に多くのメンバーが出資をするという形をとることになります。この場合、製作委員会に参加するメンバーは業界関係の会社であることが多く、その目的は映画の純粋な利益というよりも、自らの本業での利益を獲得することになるのだと著者は指摘します。つまり、出資を行うと同時に、映画配給権、ビデオ化権、テレビ放映権を先取りするという目的があるわけです。そうすると、配給手数料、ビデオの販売手数料などの各種手数料が会社に転がり込んでくるわけで、映画自体がヒットしなくても、映画の分配金とは別に本業での手数料が入るため、リスクを軽減できるといううまい仕組みになっているというわけです。

 しかし、製作委員会方式にもデメリットがあります。まず、出資者が業界内のプレーヤーに限られるため、投資調達額が限られるという点です。また、権利利用に当たっては、メンバー全員の承諾を得る必要があるため、新たなビジネスになかなか取り組むことができないというデメリットもあります。さらに、メンバーの中で誰が最終責任者であるかが不明確であるため、海外からの交渉希望者が交渉をあきらめざるを得ないということも起こっているようです。そして、最大の問題は、民法上の任意組合であれば、出資者全員が連帯して無限責任を負わなければならないという点だそうです。ただ、この最後の点については、匿名組合方式を活用するやり方によってある程度問題は解消されているようです。

 著者は、今後のファンドの形態としては、「証券化」商品と「コンテンツ版投資信託」の「二つの方向性があると言います。前者は信託受益権を証券の形で流通させるやり方です。先の「金融商品取引法」において受益信託権が有価証券になったことから、証券化が可能になったのだということです。二つめの「コンテンツ版投資信託」は、先に資産がある「証券化」とは異なり、先にお金があってその投資先を決めるという形になります。著者はいずれこの二つの形に収斂していくはずだと述べています。


 このように、本書では、通常外部の人間がなかなか伺うことができない映画界内部の利益構造が紹介されていて、大変貴重な本です。

 かつての日本映画界は、資金面には比較的無頓着だったわけですが、最近になってようやく資金調達面における様々な工夫がなされるようになってきたということのようです。かつては監督の力がつよすぎたため、収支計画が作成されないままの製作が行われ、結果的に資金が回収されないという結果になるプロジェクトも多く存在したようです。ところが、最近は、監督とプロデューサーの対立軸が生まれてきたため、ビジネスとしての視点がより強まってきたということが言えそうです。

 映画自体が産業であることからすれば、ビジネスの視点が重視されるようになってきたことは、好ましいことであるにはちがいありませんが、映画を<アート>として捉えた場合、ただビジネスとしての要素が強まればよいということにはもちろんなりません。この点に「文化産業」の在り方の潜在的な難しさが窺えるような気がします。

 ところで、5月23日の東京新聞夕刊に、宮内勝典氏という作家の方が「アートと錬金術」という短いコラムを掲載され、最近の絵画バブルや村上隆のフィギュアが16億円で落札されたことについて懸念を表明されています。ゴッホは生きているとき絵は1枚しか売れなかったが、百年以上過ぎても感動は色あせていない。それがアートや文学の原点ではないのか、というのが宮内氏の主張です。もちろん、宮内氏の意図は行き過ぎた商業主義に対する懸念を表明するという趣旨であり、アートがビジネスとして成り立たなくてもよいなどと主張したいわけではないでしょう。

 これからの映画界の発展を考えていく上で、<ビジネス>という側面と<アート>という側面をどのように両立させていくかが重要になってくるのではないかと思います。ビジネス面での成功を追求するあまり、そのときはヒットして収益があがったとしても、数年後には誰も見向きもしないような映画が次々と出来上がってしまうのでは、長い目で見た映画産業の発展にとって好ましいことではありません。中には、自らやりたい映画を撮り続ける監督がいたってよいと思われますし、そういう中からもしかすると斬新な方向性が見えてくることだってあるかもしれません。

 最後の方は多少議論が脱線気味となってしまいましたが、何はともあれ、本書は映画産業の構造を知る上で大変有益な本であることは間違いありません。