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映画、書評、ジャズなど

トム・ルッツ「働かない―「怠けもの」と呼ばれた人たち」

労働

働かない―「怠けもの」と呼ばれた人たち

働かない―「怠けもの」と呼ばれた人たち

 本書は、18世紀から現在に至るまでの間の、労働倫理に対抗する人々の歴史を紹介したものです。

 原題は「Doing Nothing A History of Loafers, Loungers, Slackers, and Bums in America」で、正に働かない人々の歴史を辿ったものではあるのですが、正直そのタイトルはあまり感心しません。タイトルから受ける軽薄なイメージよりは格段に高尚かつ深遠なテーマを扱った本です。あまりにも膨大な事例が登場するので、かなりうんざりする面もあるのですが、いつの時代にも労働倫理を唱道する人々とともに、そうした労働倫理をユーモアを以てあざ笑うような人々(アイドラー、ラウンジャー、ローファー、スラッカー等)がいたのだ、という指摘は極めて重要です。


 著者によれば、スラッカーという言葉自体は最近になって生まれたものであるものの、スラッカーが誕生したのは今から2世紀半ほど前とのことです。つまり、産業革命以前には、スラッカーというべき類型は存在しなかったということです。

 それ以前の時代においては、労働とは概して<呪い>と考えられていました。「創世記」にあっては労働は原初の呪いであり、また古代ギリシア文明における労働も、堕落した世界のなかで死すべき人間に課せられた呪いでした。そういう世界にあっては、現代的な意味でのスラッカーは存在する余地はありません。なぜなら、スラッカーの存在証明は労働の価値を信じないことにあるわけですが、あらゆる人間がある意味で既に労働に反対していたわけですから、スラッカーの存在自体が成り立たないからです。つまり、働くことを否定するスラッカーの美意識というのは、労働が広く美徳とみなされるからこそ成り立つというわけです。

 さて、現在の労働倫理の原型を創出したとされるのはベンジャミン・フランクリンですが、ベンジャミン。フランクリンが労働倫理を創出しようとしていたのと同じ時、サミュエル・ジョンソンはスラッカーを創出しようとしていました。つまり、産業革命の幕開けの時期において、この2人は労働哲学の両極を象徴していました。フランクリンはもちろん、労働の美徳の唱道者であったわけですが、これに対し、ジョンソンは、すべての人間は怠け者か怠け者志願者だと主張し、『アイドラー』という雑誌を創刊します。しかし、ここで著者は1つ興味深い指摘をしています。「時は金なり」で知られるフランクリンは、実は空気浴を日課とするなど、本人の唱える労働倫理と正反対の行動をとっており、周囲に怠惰な印象を与えていたというのです。他方、自称アイドラーのジョンソンも、実はそこまで怠惰ではなかったというのです。

 ベンジャミン・フランクリン以降、労働倫理はいつの時代においても唱えられるようになるわけですが、それとコインの裏表を成すように、アイドラー的な皮肉も常に登場し続けることになります。

 18世紀後半には雑誌『ラウンジャー』が刊行され、人気を博します。その編集者は、当時スコットランド文学の第一人者であったヘンリー・マッケンジーでした。ラウンジャーと呼ばれた人々は、怠惰について書きながら、労働の組織化や節減化に対して毒づきます。

 それから、19世紀後半におけるスラッガーの代表例として取り上げられているのは、マルクスの娘婿であるラファルグです。ラファルグといえば『怠ける権利』という衝撃的なパンフレットを書いたことで有名です。ラファルグはこのパンフレットの中で、一日三時間を超える労働を禁止することを提案し、労働の倫理的な価値を信じることで、自分たちの首をしめるような抑圧に加担してはならないと労働者たちに訴えます。

 この時期の労働者たちは、工場が押しつける過度に管理された労働スケジュールの受け入れを必死に拒んでいました。当時の労働者たちは、仕事中にトランプに興じたり、仕事中にちょっと一杯飲んだりすることなどが頻繁に見受けられ、経営者側がこうした酒飲みをやめさせようとすれば、労働者たちから暴動という頑強な抵抗を受けていました。しかし、こうした労働者たちの抵抗にもかかわらず、工場の作業は加速化されていきます。そして、労働者たちの闘争は、就業時間の自己管理を守ることから、拘束時間そのものの削減へと移っていくことになります。

 著者は、19世紀半ば頃のスラッガーたちの行動様式を象徴するものとして、メルヴィルの『代書人バートルビー』という短編を取り上げています。この物語は、ウォール街に事務所を構える中年の弁護士の事務所に来た青白い顔の孤独な男バートルビーの物語です。最初のうちバートルビーは非常に勤勉に働きますが、いつしか仕事を頼むと断るようになります。何かを頼んでも「しないほうがいいのですが“I would prefer not to”」といって、彼は全く仕事をしなくなり、結局この弁護士は彼を解雇します。しかし、彼は「しないほうがいいのですが」と言って事務所から出て行こうとしない。弁護士は自分の方から事務所を移転し、建物の賃貸人が警察を呼んでバートルビーを逮捕させ、牢獄の中でバートルビーは食事を拒み、「しないほうがいいのですが」と言って死んでいく・・・。こんなあらすじの物語のようです。

 バートルビーは当初は勤勉だったのが、やがて仕事をしなくなっていったわけですが、このことから著者は、

「疎外された労働者とは、もとから怠け者というわけではない。人々が怠け者になったのは性格のせいではない。環境が人々を怠け者にさせるのだ。」(p198)

というひとつの認識が浮かんでくるとしています。

 著者はさらに言います。

メルヴィルが示唆したこととは、ある文化における社会的な価値観も、ときには支配力を失う可能性があり、そうなれば、ほかの人々には抵抗しがたく思える「働け」という社会的圧力にも、それに負けじと抵抗する者が出てくるということだ。彼らができれば働かない方がいいと思うのは、ただ「しないほうがいい」からなのだ。」(p204)

 著者は本書の中でたびたびこのバートルビーの物語に言及しており、この物語の示唆を重く捉えています。それは、バートルビーが労働倫理の価値観に対しもっともストレートな形で抵抗しているからでしょう。しかも、「しないほうがいい」という抵抗の理屈を根底的に覆すことは難しいからでしょう。

 それから、1840年代以来フランスで「フラヌール」と呼ばれた人々も登場します。ヴァルター・ベンヤミンによれば、1800年代半ば頃のパリのフラヌールたちは、カメを散歩させることをエレガントだと考えていたとのことです。

 さらに、アメリカにおいては「ソーンタラー」と呼ばれた人々がいました。作家のオスカー・ワイルドがその代表例として登場します。ワイルドは怠惰さを擁護するとともに、近代社会においては労働はすべて機械にやらせてしまい、文明的な余暇を楽しむことが人類の目的だと考えます。

 20世紀に入ると、アメリカにおいてスラッカーたちは取り締まりの対象となります。当初は徴兵忌避者が取り締まりの対象となっていたのが、次第に意味が拡張され、怠惰、反社会的無気力、生産性の欠如といった意味をまとうようになっていきます。
 勤勉さが讃えられるようになり、問題は過剰労働ではなく、多すぎる余暇だという認識が広まります。劇作家のラングドン・ミッチェルは労働の中に満足感や喜びを見いだします。労働こそが快楽だという考え方です。フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』は、労働が充分でないため、登場人物たちは神経質になっていると著者は述べます。フィッツジェラルドは有閑階級への敵意をむき出しにしています。

 他方、バートランド・ラッセルは反対に、仕事がよいものだという信念がもたらす害悪を強調します。1930年代に書かれた『怠惰への讃歌』という短編においてラッセルは、近代の技術を以てして貧者にも余暇を分配すべきだと主張します。

 戦後、1950年代になると、反=体制順応主義が顕著に見られるようになっていきます。ウィリアム・ホワイトは『組織のなかの人間』を発表し、もっぱら組織のためにオーガニゼーション・メンを軽蔑します。デイヴィッド・リースマンは『孤独な群衆』で他人指向型の人間を否定的に捉えます。アイゼンハワー大統領は、かつての労働形態が失われつつあることを嘆きます。C・ライト・ミルズは『ホワイトカラー』において、20世紀半ばのあらゆる労働が疎外されており、労働者は自分の労働を疎ましく感じるのだと主張します。

 「遊び」や「余暇」を高く評価する論調も見られるようになります。マルクーゼは『エロス的文明』において、労苦を遊びに変形することを望みます。ヨハン・ホイジンガは『ホモ・ルーデンス』で遊戯を根源的要素として取り上げたことは知られています。リースマンは、現代の産業生活に過剰適応したロボットが自主性と個性を再び主張できるかもしれない唯一の領域が余暇だと考えます。

 60年代になると、新たなスラッカーたちが登場します。その代表例として著者が挙げるのが、なんとG・W・ブッシュです。彼は腕白ないたずら坊主として育ちます。大学時代は飲酒やドラッグに興じ、卒業後は徴兵を逃れるためにテキサス州空軍へ入隊します。26歳のときに進んだハーヴァード・ビジネス・スクールにおいても熱心な学生ではなく、ひどい成績だったとのこと。その後、石油会社を設立し、野球チームを手に入れます。テキサス州知事や大統領になってからも、彼の生活はオフが多い生活を続けます。ブッシュこそがスラッカーの典型事例と言うのも全く言い過ぎではないことが分かります。

 60年代は「カウンター・カルチャー」の主張が顕在化した時期です。チャールズ・ライクは『緑色革命』の中で、人々は、まがいものの世界の中で、より多くの消費製品がもたらすという疑わしい利益のために働いていると述べます。コミューン的な生活を目指す若者たちも急増します。『イージー・ライダー』は労働からの自由についての映画だと著者は述べます。

 そして最近では、「遊びの倫理」が職場の中に入り込んできます。アンドリュー・ロスはドットコム企業のオフィスを「オフィスという新しいユートピア」と呼びます。しかし、他方で、仕事が遊びになるとき、仕事は実質的に労働者の自由な時間を消滅させるところまで侵食してきます。そして、労働者の監視が劇的に強化されます。こうした企業の社員たちは、再びこうした仕事部屋に戻りたいのかどうか、確信を持てなくなっています。



 著者が本書の膨大な事例の羅列を通じて述べたかったことは、次の言葉に収れんされているように思います。

「労働に対するふたつの立場は、お互いを煽りたててより極端になっていくかもしれない。だが、ふたつはともに、反対からの圧力にもなれながら、働くことをめぐる私たちの感情をかたちづくっていく。私たちの文化に存在し、私たちの原動力となっているふたつの主要な幻想―すなわち、完璧に実現された天職という夢と、罪悪感ぬきでのんびり暮らす夢―を打ち砕いていきながら。労働倫理とスラッカー倫理は、こうした幻想に異議を申し立て、労働生活に対する私たちの考え方を改めさせる。そしてこのプロセスは、人々の生活が絶え間なく変化していくにつれ、繰り返し必要となるのである。」(p462)

 つまり、労働倫理とスラッカー倫理というふたつのアプローチがいつの時代においても互いに緊張関係をはらみながら綱引きをしているものであり、その時代に見合ったバランスが構築されていくのだということを、著者は明らかにしたかったのではないかと思うわけです。

 著者の次の言葉からも、著者の思想が垣間見られます。

「スラッカーの肖像は、それがこれまで果たしてきた複雑な役目にかなうように、異なる時代、異なる人々ごとに、異なる意味づけをしなければならない―その姿は、私たちが仕事との付き合い方を検討するための刺激となり、仕事と折り合いをつけるあいだに私たち自身が扮する役柄となり、私たちの文化に内在する仕事と余暇との捻れた関係への批判となり、そして、現状のままでいることを称揚するものとなってきたのだから。」(p481)

 著者は本書の終わりで、日本のフリーターについても大きく取り上げ、アメリカのスラッカーに類似していると述べているのですが、この視点はなかなか興味深いものです。

「…フリーターは、ローファーやラウンジャーやスラッカーたちのように、一般に広く受け入れられている労働倫理の拒絶、サラリーマン的思想の拒絶としての役目を果たしているのだ。」(p474)

 もちろん、フリーターの中には、労働倫理を拒絶しているわけではない者も多くいらっしゃると思いますが、サラリーマン的な生き方に抵抗があってそういう道を選択している者も多く含まれていることも事実でしょう。しかし、フリーターの起源を考えていけば、それは80年代のスキゾ・キッズ的な生き方に辿り着くわけで、フリーターという言葉からも分かるように、もともとは「フリー」という側面にフリーターアイデンティティがあったわけです。つまり、フリーターがスラッカーと類似するという指摘はその通りなのです。

 ちなみに、著者が本書で指摘しているのですが、「フリーター」という言葉はドイツ語の「fre」と「arbeiter」を縮めた言葉であるわけですが、それはアウシュビッツの入口に掲げられた「Arbeit Macht Frei」〔働けば自由になれる〕という言葉への言及になっています。全く意図していないものであるにせよ、近年のフリーター問題の深刻さにかんがみれば、少しハッとする偶然ではあります。


 本書は冗長な面があってなかなか読み進めづらく、あまり必要でない事例がページ数を増やしているという面も否めないのですが、ただ、過去の様々なテキストから、労働倫理とスラッカー倫理を抽出した著者の熱意には感服していまいました。