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映画、書評、ジャズなど

「黒い十人の女」★★★★

映画

黒い十人の女 [DVD]

黒い十人の女 [DVD]

 市川崑監督の何とも不思議な設定のシュールな映画です。しかし、そのシュールさが決して古くさいものではなく、現代にも通じるようなセンスを持ったものとなっています。

 テレビ会社に勤めるプロデューサーの風末吉(船越英二)は、妻の双葉(山本富士子)と結婚しているが、仕事中心の忙しい生活をしていて、家にもあまり寄りつかず、職場などて数々の女たち(岸恵子宮城まり子中村玉緒ら)と関係を持っていた。風は優しい性格ではあるものの、内気でこれといった長所があったわけではないのだけど、女からすればほっとけない面があった。風と関係を持った女たちは、そんな風のことを忘れられず、口々に風を「誰か殺してくれないかしら」と言っている。

 そんな女たちの言葉を耳にした風は、妻の双葉に、自分を殺す相談しているのではないかと相談する。そこで双葉はある提案をする。それは、風と関係のある10人の女を集めて、双葉が拳銃で風を殺す芝居をして、しばらく風が世間から身を隠して、9人の女たちと縁を切るという大胆な計画であった。

 こうして10人の女たちが双葉の経営する食事処に集まり、双葉の拳銃が火を噴き、風は倒れた。風はその後ある部屋でひっそりとしばらくの間身を隠していた。双葉を除く9人の女たちは、風が本当に死んだと思う。うち1人の未亡人は、風の死を苦にして自殺するが、中には他の男と結婚する者もいた。

 その後、風が生きていることを知った女たちは、双葉を詰問するが、女優の市子(岸恵子)が双葉から譲り受ける形で風と一緒になる。市子は女優を辞め、風もテレビ局を辞職するよう勝手に手配してしまい、風と2人きりでひっそりと生活しようと図る。他の女たちも2人の生活を支援する。

 勝手にテレビ局を辞職させられたことを知った風は、市子に向かって「君たちは人間じゃない、悪魔だ」と言う。
 市子は冷静に答える。

「いいえ、そうじゃない。あなたは影のない人だって私誰かに言ったことがあるけど、現代の社会機構の中に巻き込まれると、誰でもそうなるのよ。忙しく飛び歩いて、事務的なことの処理は大変うまくなるけど、心と心を触れ合わせることのできない生き物になってしまうのよ。女が男に求めるものはもうないのよ、あたなの中には。」「だからあなたは抹殺されたのよ。」

 風は「社会機構が悪いんじゃないか。僕は被害者じゃないか。」と反論するが、市子は「社会機構を殺すわけにはいかないでしょ。」と冷たく突き放す。

 市子はさらに言う。

「あなた、なぜ生きて、なぜ働いて、自分の人生の目的が何かってこと、考えてみたことがあるの。」「こういう風に考えてみたらどうかしら。本当にあなたの息の根を止めたってわけじゃないんだから、テレビ会社はダメかもしれないけど、日本は案外広いのよ。都会の外へ出て最初からやり直してみたら。清々しい人間になれるわよ、きっと。」

 しかし、仕事人間として生きてきた風にとっては当然そんなこと考えられない。

 その後、市子は女優の引退パーティーを開催してもらい、風の元妻の双葉も含む女たちがパーティーに駆けつける。女たちはなぜか市子に対して口々に感謝の気持ちを表しながら談笑している。双葉も風と離婚して清々している。女の1人がこう言う。

「生活を腐らすような愛ならない方がましだわ。」

 市子が毅然として1人車を疾走させているところで映画は終わる・・・。


 山本富士子の毅然とした演技ぶりが非常に印象に残るこの作品ですが、仕事に精を出している男に振り回される女たちの側からの毅然とした視線が、この作品から強く感じられます。

 この作品が作られた1961年というのは、日本社会がレジャーブームに突入したと騒がれた年です。終戦以降、日本社会は復興のために働くことで一生懸命だった。そして、1950年代半ばからは高度経済成長も始まり、男たちはとにかく仕事仕事の日々を送っていた。しかし、身を粉にして働く男たちの大変さも去ることながら、その影で女たちは男たちに振り回される生活を余儀なくされていたわけです。そんな女たちが団結して、男に真の幸せとは何かを知らしめるために、男を社会から抹殺させる策略を練るというのが、この映画の主題となっているわけで、そんな時代背景と重ね合わせてみると、この作品が作られた必然性が伝わってくるような気がします。

 しかし、この作品のこうしたテーマは、決して古びたテーマというわけではなく、いつの間にか再びワーカホリックな社会に逆戻りしてしまっている現代においても通用するテーマといえるかもしれず、だからこそ、この作品が今日においても古びたものとなっていないのかもしれません。


 ところで、この映画は何と言っても脚本が大きくものを言っている作品ですが、脚本を書いたのは和田夏十です。彼女は、シナリオライターで市川監督の妻でもあったわけですが、市川映画に欠かせない存在で、多くの市川作品で脚本を担当された方です。市川監督は、ある対談の中で、

「自分が映画界に果たした役割の最大のものは、和田夏十という脚本家を生んだことではないか」

という趣旨の発言さえされているそうで、その信頼ぶりがよくわかります。

 当初は市川監督がシナリオの書き方を和田夏十に教えていたのが、いつの間にか、和田の方が市川監督に教える立場になっていたそうです。しかし、和田夏十は、「細雪」の撮影中に亡くなってしまいます。最愛のパートナーを失った時の市川監督の悲しみがいかほどであったかは想像に難くありません。

 日本映画の黄金時代を支えた市川監督の作品の中には、今日あまり知られていない傑作も数多くあるので、これからもそんな作品を発掘していってみたいと思います。