映画、書評、ジャズなど

Bill Evans Trio「Waltz For Debby」

Waltz for Debby

Waltz for Debby

 数々のジャズのアルバムの中で最も“美しい”作品を挙げるとすれば、この作品以外には思いつきません。暖かい雨がしとしと降る夜、静かな都会の路地裏のバーでひっそりと楽しげに奏でられている・・・、そんな感じのアルバムです。

 このアルバムは、1961年6月25日のビレッジ・バンガードでのライブを録音したものです。当時、ビル・エバンスは31歳。そして、当時、ビル・エバンスの演奏に欠かせなかったのが、ベースを弾いているスコット・ラファロで、彼も当時25歳という若さです。

 アルバムがこれほどまでに超名盤とされているにもかかわらず、実際のライブはそれほど盛況だったわけではなかったようです。このライブの当時、ビル・エバンスたちはまだメインで客を呼べるほどの力はなく、メンバーたちは客を集めるために、ライブ当日に家族や友人に電話をかけて店に来てもらうように頼んでいたくらいでした。実際の客席の入りは6〜7割といった程度。そんなライブの録音がジャズの歴史に金字塔を打ち立てる作品になるのですから、皮肉なものです。

 このアルバムを際だたせているのが、何と言っても1曲目の「My Foolish Heart」の出だしでしょう。この曲がアルバム全体のイメージを鮮烈に決定しています。この曲を1曲目に持ってきたところに、この作品の最大の勝因が見出せます。実は、実際のライブではこの曲は3曲目に演奏されていたそうです。ですから、アルバムとして製作した段階でこの曲が出だしの曲として選ばれたわけで、そこで奇跡が生まれたということになります。

 それから、2曲目の「Waltz For Debby」。この曲はビル・エバンスが作曲した作品で、彼の姉の娘で当時9歳だったデビーに捧げた曲です。ビル・エバンスのピアノとスコット・ラファロの小気味よいベースの意気がいかにもぴったり合っているのが印象的です。

 マイルス・デイビスの曲である「Milestone」も大変うまくアレンジされています。マイルスがモード手法を導入した初期の作品として有名です。果敢に攻めるスコット・ラファロのベースが印象的です。

 このレコーディングの10日後に、ベースのスコット・ラファロが自動車事故で亡くなります。スコット・ラファロのベースに絶大な信頼を置いていたビル・エバンスは、しばらく演奏ができないほどのダメージを受けたようで、何ヶ月間は抜け殻のような状態だったとのこと。

 しかし、ビル・エバンスは、その後も数々のベーシストに恵まれ、優れた作品を残していきます。ビル・エバンスの素晴らしい演奏を生み出していたのは、常に最良のパートナーたるベーシストたちの存在だったといえます。

 この作品の演奏からも窺えるように、ビル・エバンスという人は実にまじめな人柄だったようです。その分、人間的に弱い部分も併せ持っていたのか、ビル・エバンスは次第に薬に溺れていきます。

 しかし、ジャズの演奏というのは、演奏者の人間性がストレートに出てくるもので(それこそがジャズの最大の魅力なのですが)、このアルバムの“美しさ”も、ビル・エバンスのそうした内面の弱さや繊細さがあったからこそ生み出されたのかもしれません。