- 作者: ドリスレッシング,Doris Lessing,上田和夫
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1994/08
- メディア: 文庫
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個人的には、村上春樹氏の受賞でなくて大変残念でしたが、次回以降に期待したいと思います。
というわけで、早速、ドリス・レッシングの作品の中で唯一文庫で出版されている『破壊者ベンの誕生』を読んでみました。
内容を御紹介する前に、上田和夫氏による文庫本の解説に即して、彼女の経歴を振り返ってみると、ドリス・レッシングは1919年にイランの都市ケルマンシャーというところでイギリス人の両親の間に生まれたとのことで、父親のアルフレッド・テイラーは第一次世界大戦で片足を切断し、治療を担当した看護婦のエミリー・マックヴェイと結婚して、その後、新天地を求めてペルシャに脱出し、さらに、ドリスが5歳の時に、植民地の南ローデシアに入植したようです。
やがてドリスは、南ローデシアの首都ソールズベリーの修道院附属の寄宿学校に入れられたものの、校風になじめず14歳のときに退学し、以後は正規の学校教育を受けていないとのことです。
その後ドリスは、ソールズベリーで看護婦になり、19歳のときには電話交換手を務めたが、その翌年にイギリスの現地官吏フランク・ウィズダムと結婚し、一男一女をもうけます。やがてドリスは、マルクス主義運動に参加し、さらに、家庭生活に飽きたらず、1945年に家庭を放棄して、ユダヤ系の亡命ドイツ人ゴットフリート・レッシングと結ばれて一男をもうけ、その4年後には再び離婚しているとのことです。
ドリスはこの2度目の結婚生活の頃から作家としての活動をイギリスでスタートさせているようです。そして、1962年には、彼女の代表作とされる『黄金のノート』を世に送っています。この作品のおかげで、彼女はウーマン・リブ運動の理論的指導者とされることになりますが、彼女自身はそうした運動への直接的な参加を否定しています。
このように、ドリス・レッシングはイギリス人でありながら海外を転々とした幼少期の生い立ちや、2度の離婚歴など、大変変わった経歴を歩んできていることが分かります。彼女のこうした経歴からは、彼女が(特に家庭生活における)束縛を嫌い、自由を求めて歩んできたということが窺えます。
さて、『破壊者ベンの誕生』という作品の原題は“The Fifth Child”だったようですが、正に、5番目の子供=破壊者ベンです。
デイヴィッド・ロヴァットとその妻ハリエットは、たくさんの子供を作って幸せな家庭を築き上げることを無邪気に夢見て、次々と4人の子供を作っていく。そして、ロヴァット家の広い家には、双方の親戚達が毎年集まり、泊まっていき、絵に描いたような幸せな家庭を築き上げていった。
ところが、ハリエットが5番目の子供を妊娠した頃からそんな幸せな状況に微妙な変化が生じてくる。ハリエットはお腹の中の子供に苦しめられ、憎しみともいうべき感情を抱くようになる。そして、痛みを止めるために、多量の薬を摂取する。結果的に生まれてきたのはどう猛な奇形児で、とても今日の人間とは思えないような子供ベンだった。
ベンの誕生によって、ロヴァット家の状況は一変する。他の子どもたちはベンを怖がり、デイヴィッドも家庭からなるべく遠ざかるようになる。親戚達もロヴァット家に寄りつかなくなる。ベンの存在が、家庭の幸せをぶちこわしてしまった形だった。
再びロヴァット家に幸せが戻るよう、ベンは親戚の手によって施設に預けられることになる。暴れるベンは無理矢理施設に連れて行かれたが、母親のハリエットだけはベンが置かれた状況を確認せずにはいられなくなった。ハリエットが施設を訪れてみると、ベンは不潔な場所で、薬によって瀕死の状態に置かれていた。ハリエットはたまらずベンを家に連れて帰る。
こうして再びベンのいる生活が始まった。ハリエットはデイヴィッドや親戚達から当然非難されたが、彼女はそうせざるを得なかったのだと自分を言い聞かせる。ハリエットは、自分が“贖罪の山羊(スケープゴート)”だと感じる。
その後、ベンは成長していき、他の子どもたちはばらばらに家を離れていく。ベンも仲間の不良少年達とつるんで家から離れていく。
ハリエットは、ベンは一体何ものなのかについてずっと悩み続けている・・・。
以上がこの作品の概要です。
レッシングは1960年代、ノーベル委員会の上層部は彼女が好きでないという事実を告げられたそうで、本人もノーベル賞には縁がないと思っていたようです。
確かに、彼女の作品の筆致にはかなりの抵抗感を受ける人も多いような気はします。
この作品からは、幸せな家庭など脆く崩れやすいのだ、というメッセージがまず伝わってきます。2度も離婚し、1度目の離婚では自由を求めて家庭を放棄したというドリス・レッシングの生い立ちからすれば、この作品が生まれてきた背景はある意味分かりやすいといえるでしょう。彼女にとっては、家庭などは束縛以外の何物でもなかったのでしょうか。
他の作品を読んでいないので、彼女のこの作品によって本当に伝えたかった真意は正直よく分かりませんが、私は、著者の社会の常識や既成の秩序に対する嫌悪感とその破壊への潜在的な欲求というものを強く感じました。
登場人物の深層心理をえぐり出すような描写などは類い希なるものを感じますが、小説のテーマとしてどこまで共感できるかどうか、という問題は残るような気はします・・・。