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「天国と地獄」★★★★☆

天国と地獄 [DVD]

天国と地獄 [DVD]

 黒澤映画の中でも最高傑作の1つでしょう。脚本が非常によくできていて、最後まで飽きさせないストーリーに仕上がっています。

 靴を製造するメーカー常務の権藤(三船俊郎)は、小高い丘の上に邸宅を構える裕福な家庭であった。そんな権藤の邸宅を日々見上げる貧しいアパートに暮らしていた研修医の竹内は、金持ちに対して強烈な嫉妬の感を抱くようになり、権藤の息子の誘拐を企てたが、実際に誘拐した子供は、権藤の運転手を務める青木の息子だった。

 犯人の竹内は、権藤に対して多額の身代金を要求するが、権藤の手元にある現金は、権藤が社内の権力闘争のためにこつこつと貯めたものであり、権藤は大いに迷ったが、結局、権藤は青木の息子のために身代金を用意することを決める。

 犯人は権藤に対し、身代金を持って特急こだまに乗車するよう指示する。そして、特急車内に電話してきた犯人は、酒匂川の鉄橋の手前で人質の子供を見せるので、橋を渡ったところで現金を投下するよう命ずる。

 その後、誘拐された青木の息子の証言に基づき、共犯の2人が薬物中毒で死んでいるのが見つかる。また、研修医の竹内が犯人として捜査線上に浮かび上がる。警察は竹内が共犯の2人を殺害したことを証明するため、共犯の2人が死んでいないように偽装し、竹内が再度2人の殺害に赴くよう差し向け、竹内を殺人容疑で逮捕する。

 死刑判決が確定した竹内は、権藤を刑務所に呼び、権藤に対する憎しみを吐露する。「君はなぜ君と私を憎み合う両極端として考えるんだ」と問いかけた権藤に対し、竹内は、冬は寒く夏は暑くて寝られない3畳のアパートから毎日権藤の邸宅を見ているうちにだんだん憎しみがつのってきたのだという・・・。


 この映画の最大の見所は、特急こだまから身代金を投下する場面でしょう。特急の車両を実際に貸し切って撮影したため、失敗は許されなかったことから、撮影時も緊張が走っていたようです。

 また、その他の見所としては、ゴーゴーを踊りながらの麻薬の受け渡しの場面、それから、身代金を入れた鞄が燃やされて煙が上がる場面で、モノクロ映像の中で唯一ピンク色の煙が上がる場面も大変効果的な演出となっています。


 ところで、先週、テレビ朝日で黒澤映画の『天国と地獄』と『生きる』の2つがドラマ化されて放映されていましたので、一体どんな形でリメイクされているのか少し興味を持って見てみました。

 先に視聴率の結果から見てみると、次のような感じだったようです。

『天国と地獄』・・・20.3%
『生きる』・・・・・11.7%

黒澤監督の名作、視聴率に差…テレ朝手放しで喜べず

 2つの作品で大きな差がつきましたが、これはある程度納得できる結果ともいえます。

 2つのドラマとも、原作の脚本をかなり忠実に反映し、時代設定を現代に直したものでしたが、『天国と地獄』は、今日の物語として見ても、サスペンスとしては十分堪能できる内容であるのに対し、『生きる』は、あの当時だからリアリティがあったとしても、今の時代設定に置き換えるとかなり違和感を感じてしまいます。

 『天国と地獄』が制作されたのは1963年ですが、高度成長に沸き返る日本社会は、他方で「二重問題」と呼ばれた格差の問題も深刻化していました。この映画の背景も、そんな格差の問題があったわけです。現代の日本社会においても、ちょうど格差問題はホットなイシューであり、その意味では、時代背景は重なる面があるといえます。

 他方、『生きる』のテーマも今日においても十分通用することは間違いないと思うのですが、ただ、やはりこれだけ公務員批判が渦巻く世の中で、公務員を主人公としたドラマを作っても、なかなか多くの人々は主人公に感情移入できないのではないかという気がしてしまいます。
 それと、最後のブランコに乗って唄うクライマックスの場面は、志村喬の低音の朴訥とした声のイメージがあまりにも強烈過ぎて、いくら名役者が同じ場面を演じても、比較の対象とすることすら難しいのではないかと思われてしまいます。

 それと、ドラマ『天国と地獄』は、俳優人の名演技が光っていました。特に権藤の妻を演じた鈴木京香が大変素晴らしい演技をしていましたね。ドラマ『生きる』の俳優人ももちろん素晴らしかったのですが、やはり志村喬松本幸四郎のイメージのギャップはいかんともしがたかった気がします。

 ドラマ『天国と地獄』の麻薬の受け渡しシーンは、さすがにゴーゴーを踊りながらという設定には無理があったのか、バーで口移しに受け渡すという設定になっていましたね。また、研修医の竹内がスラム街に住む麻薬中毒患者を使って麻薬の致死効果を試す場面もなかったですね。

 まぁ、名作がこういう形で世代を超えて受け継がれていくこと自体、大変素晴らしいことだと思います。