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原作は、有名な歌舞伎の演目「勧進帳」です。
平家滅亡の殊勲者であった義経は、梶原景時の讒言を信じた兄頼朝によって追われる身となり、近臣6名とともに山伏の身をやつして奥州の藤原秀衡の下に落ち延びようとしていた。そして、梶原景時によって設けられた加賀国の安宅(あたか)の関所を虎の尾を踏むような気持ちで越そうとする。
安宅の関所では富樫左右衛門(藤田進)が待ち受けていた。義経の家臣武蔵坊弁慶は、富樫から、山伏なら勧進帳*1があるはずだと言われ、実は何も書いていない白紙の巻物をかざして朗々と読み上げる。弁慶のあまりに堂々とした読みっぷりに、富樫は義経一行を行かそうとする。
しかし、富樫の家来は強力(ごうりき)に扮していた義経を疑う。そこで、弁慶は棒で自らの主である義経を叩きのめす。これを見た富樫は、家来が自らの主を叩くわけがないとして、一行をそのまま行かせる。しかも、富樫は、後から家来を一行の下へ遣わし、お酒を振る舞う粋な計らいを見せる。
弁慶を演じる大河内傳次郎がこの黒澤の作品を引き立てているのは言うまでもないのですが、その大河内に勝るとも劣らない存在感を見せているのが何と言ってもエノケンこと榎本健一でしょう。エノケンは、義経一行の強力(ごうりき)の役を演じていますが、深刻な表情で歩を進める一行とは対照的に、常におどけた冗談を飛ばし、一行から一喝されます。この映画は、勧進帳をエノケン演じる強力の目線で表現したものということもできるでしょう。関所の緊迫した場面などでは、エノケンの目線で冷や冷やしたり慌てたりする場面が映し出されることで、緊張感がコミカルにアレンジされて伝わってくるようなところが何とも独特な演出です。
以前の記事黒澤明「蝦蟇の油」でも御紹介しましたが、黒澤の書いた自伝『蝦蟇の油』の中で、この映画についての検閲官とのやりとりが記されています。
- 作者: 黒沢明
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検閲官「この“虎の尾―”という作品は何事だ。日本の古典的芸能である歌舞伎の“勧進帳”の改悪であり、それを愚弄するものだ」
黒澤「“虎の尾―”は、歌舞伎の“勧進帳”の改悪だ、と云われるが、私は、歌舞伎の“勧進帳”は、能の“安宅”の改悪だ、と思う。」
そして、さらに面白いのは、エノケンの起用を巡るやりとりです。
検閲官「“勧進帳”に、エノケンを出す事自体。歌舞伎を愚弄するものだ」
黒澤「ドン・キホーテのお供にサンチョ・パンサという喜劇的な人物がついているが、義経主従にエノケンの強力という喜劇的な人物がついていて、何故、悪いのですか」
1時間弱の短い映画ですが、この映画が終戦を挟んで作られたということを考え合わせると、日本人の映画作成にかけた情熱をなんだか心強く感じます。
*1:お寺に寄付を募るお願いが書いてある巻物