映画、書評、ジャズなど

「にっぽん昆虫記」★★★★

にっぽん昆虫記 [DVD]

にっぽん昆虫記 [DVD]

 故今村昌平監督の代表作です。

 「昆虫記」という名前が正にその内容とマッチしており、戦前から戦後にかけての動乱の中で、時代に翻弄され、時の流れに身を委ねて生きる女の生涯を昆虫観察のような視線でありのまま描写したという感じです。

 冒頭、虫が這い回るいきなり強烈なシーンで始まり、そして、映画の中で時折、画面がストップしておどけた音楽が流れる演出がこれまた風変わりです。

 日本社会の負の部分をあからさまに描いており、今日ではタブーな要素が多分に含まれており、今では絶対に作れない映画でしょう。

 知的障害のある父親を持つトメは、出征間近の地主の息子と関係を結び、娘の信子を出産する。父親とは近親相姦に近い関係にもあり、働いていた工場でも係長と肉体関係を持ってしまう。それから東京に出て働くが、ハウスメイドをしているときに、シチュー鍋がひっくり返って、その家の子供が死んでしまう。これに悩んで宗教に入るが、そこで誘われた女から売春宿で働く。最初は、売春は犯罪だと良心の呵責に苛まれるが、次第に、売春の元締めに手を染め、狡猾に生きていくようになる。

 トメはその後、売春の容疑で摘発されるが、出所すると娘の信子がお金のためにトメの愛人の唐沢と関係を結んでいた。信子は唐沢から金をもらうとさっさと自分の恋人とともに開拓生活を送るが、一方のトメは、1人で山道を歩き続けるシーンで映画は終わる・・・。


 戦後の日本社会は、従来の価値観や社会のルールが大きく顛倒します。「パンパン」と呼ばれた女性達が街で客を取る光景が見られ、赤線では売春が公然と行われます。戦争に駆り出された男達が戦後の社会変化に大いにとまどったことはもちろんですが、実は女性達の方もこうした社会の変化の中で翻弄されながら生きざるを得なかったわけで、この映画はそうした女性達の生き様を極めてストレートに表現したものといえます。

 この映画を見る側にとっては、トメの生き様に同情の念が沸いてくるわけでもなく、かといって反発の感情が沸いてくるわけでもありません。単に、この時代をこうして生きた女性の姿があったという事実を受け止めるのみです。それが、この映画の正直なところで、大変好感が持てる部分だと思います。

 所々のどぎつい描写やなまりのきつい方言に、見ていて不快感を覚える方もいるかもしれませんが、私は、こういう映画がなぜ作られなければならなかったのか、その時代背景を考えながら見るべき映画なのだと思います。