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アンパンマンの正義

 今日の我が国において大人から子どもまでの間でもっとも有名で人気のヒーローといえば、それはおそらく「アンパンマン」でしょう。アンパンマンは幼児から絶大な支持を受けているヒーローであるだけでなく、その愛されるキャラクターゆえに、幼児を持つ親からも絶大な支持を受けており、これまでに出版された絵本は678作品・4300万部 ビデオは1000万本に上るそうです。書店の幼児向け教育本やDVDのコーナーを見れば、アンパンマンものがいかに圧倒的なシェアを誇っているかがはっきりと分かります。

 このアンパンマンの原作者やなせたかし氏を取り上げた番組が、少し前のヒストリー・チャンネルで放送されていたのを拝見しました。やなせ氏の生い立ちや正義観とアンパンマンというキャラクターの誕生を重ね合わせてその源流を探る大変興味深いものでした。

 高知県に生まれたやなせ氏は、その後東京に上京するも、22歳で徴兵されて中国戦線に送り出され、5年間を中国で過ごすことになりますが、そこでの体験が「正義とは何か」という問いに対するやなせ氏の考えを形成し、それがアンパンマンのヒーロー像につながっているのです。

 やなせ氏はこの番組の中で、次のようなコメントをされています。

「それまで僕らはですね、このなんていうか、正義の戦いなんだと、中国の民衆を助けなくちゃいけない、ということで中国へ渡ったんです、それで自分たちは正義の戦争をしているんだとばっかり思い込んでいた。ところが終わったらですね、我々が全部悪いということになっちゃったんですね。ですから正義というのはある日突然逆転するんだということが、まぁそのときに身にしみて分かったんです。現代でもアラブの正義とイスラエルの正義は違いますね、相変わらず両者戦っていますね。どっちが正しいんだ、勝った方が正しいんじゃないか。正義というのはそういうもんだと。どこ行っても正しいというのはどういうことかといえば、そこにひもじい人がいればそのひもじい人に一切れのパンをあげるというのはですね、アラブへ行こうがイスラエルへ行こうがですね中国へ行こうが日本であろうが正しいんです。ですから正義の味方であるとすればですね、まずやんなくちゃいけないことは、ひもじい人に一切れのパンをあげることなんです。それがだからアンパンマンの1つの基本の考え方になっちゃったんです。」

 この心を打つコメントを聞いて、私はなぜアンパンマンというヒーローが現代日本においてこれだけ圧倒的な人気を誇っているかがはっきりと分かったような気がしました。

 今日の国際社会の振りかざしている「正義」を見るとどうでしょうか?イラクに対するアメリカの正義は、極めて「力強く」、そして「押しつけがましい」ものです。対テロ戦争、対イラク戦争におけるアメリカのやり方や蛮行が明らかになるにつれ、アメリカのかざしている正義が一体本当の正義であるかが分からなくなっている世の中です。冷戦終了後、国際社会は「正義」を巡って混沌とした状況に突入したわけですが、そんな状況の中で、アンパンマンがアニメ化され、人々の心を掴んだという捉え方ができるのではないかと思います。

 アンパンマンは、他のヒーローたちに比べ「かっこ悪い」点に特徴があります。18年間アンパンマンの声優を務めている戸田恵子は、やなせ氏から最初に言われたのはアンパンマンは「かっこ悪いヒーローなんだ」ということだったそうで、やなせ氏も番組の中で、正義というのはそもそもかっこ悪いものなんだということを強調されています。それは、アメリカの生み出した「スーパーマン」のように、胸に「S」の字を誇らしげに付けて颯爽と空を駆け抜けるヒーロー像に対するやなせ氏の「反発」でもあったようです。

あんぱんまん (キンダーおはなしえほん傑作選 8)

あんぱんまん (キンダーおはなしえほん傑作選 8)

 当初の絵本におけるぼろぼろのマントをはおったアンパンマンは、今のすっきりしたキャラクターからは想像できないほどみすぼらしいヒーローです。こうしたヒーロー像について、当時の担当者も「違和感があった」とインタビューに応えて述べていますが、貧しい人に顔を食べさせた後、顔がない状態でみすぼらしく飛んでいくヒーロー像は、やはり子どもにはショッキングだったのでしょう。

 しかし、そんなヒーローのみすぼらしい姿のヒーローこそ、やなせ氏の書きたかったヒーロー像だったのです。

 以下は、やなせ氏によって書かれたアンパンマン第1作目の後書きです。

あんぱんまんについて やなせたかし
 子どもたちとおんなじに、ぼくもスーパーマンや仮面ものが大好きなのですが、いつもふしぎにおもうのは、大格闘しても着ているものが破れないし汚れない、だれのためにたたかっているのか、よくわからないということです。
 ほんとの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。そしてそういう捨身、献身の心なくしては正義は行なえませんし、また、物価高や、公害、飢えということで、正義の超人はそのためにこそ、たたかわねばならないのです。
 あんぱんまんは、やけこげだらけのボロボロの、こげ茶色のマントを着て、ひっそりと、はずかしそうに登場します。自分を食べさせることによって、飢える人を救います。それでも顔は、気楽そうに笑っているのです。
 さて、こんな、あんぱんまんを子どもたちは、好きになってくれるでしょうか。それとも、やはり、テレビの人気者のほうがいいですか。

 この問いに対し、子どもたちは、アンパンマンの熱烈な支持をもって応えたわけです。

 そもそも、正義を体現したヒーローを描くということはいかに難しいことであるか。そのことを考える上で、少しアンパンマンから脱線しますが、ウルトラマンの正義を考えることは大変有用なので、簡単に紹介したいと思います。この点については、佐藤健志氏がだいぶ前に書かれた『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』という本の中に収められている「ウルトラマンの夢と挫折」という論考が大変面白いです。

ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義

ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義

 佐藤氏はこの論考の中で、沖縄出身でウルトラマンシリーズを立案した「金城哲夫」というシナリオ作家を取り上げて分析しています。金城はウルトラマンシリーズの中でも評価の高い『ウルトラマン』『ウルトラセブン』で大半のエピソードを執筆しながら、その後、沖縄に戻り、37歳の若さで亡くなった方です。

 ウルトラマンというのは、よく考えれば、矛盾を抱えたヒーローです。なぜなら、ウルトラマンがなぜ命がけで人類を守らなければならないのか、その動機が今ひとつはっきりしないからです。それを説明するとすれば、「宇宙の生物みな兄弟」といういわば「博愛主義」でしか説明できないでしょう。つまり、博愛主義的な宇宙人が無償の愛に基づいて地球を守ってくれているのだ、としか考えられないわけです。

 こうした地球人とウルトラマンの間の関係について、佐藤氏は、沖縄と日本の関係を反映したものとして捉えます。すなわち、当時沖縄はアメリカの占領下にあったわけですが、沖縄人として強いナショナリズムを持ち、かつ日本への強い憧れを持っていた金城にとって、日本がウルトラマンのように博愛主義的態度で沖縄を庇護してくれることが理想であったわけであったというわけです。

 そして、さらに、金城の描いた地球人とウルトラマンとの間の関係は、実は、沖縄と日本との間の関係だけでなく、日本とアメリカとの間の関係の反映でもあったのです。そして、この点に、ウルトラマン人気の本質を見ているのです。

「沖縄と日本の関係にたいする金城の願望は、アメリカと日本との関係にたいする当時の多くの日本人の願望とみごとに相似形をなしていたのだ。つまりウルトラマンという媒体を通じて、金城はそれと気づかぬままに、本土の視聴者たちと同床異夢を見たのである。これこそがウルトラマンの人気の秘密だったのだ。」(同書p130)

 ウルトラマンが最初に立案された頃の日本の置かれた状況を見れば、こうしたウルトラマン的なヒーロー像が日本人の心を潜在的に惹き付けたとしても不思議はないでしょう。戦後、占領政策が終了した後も、米軍が基地を持ち続け、そうした状況に反発して安保闘争などが繰り広げられていた時代にあっては、無償の博愛主義こそが、多くの日本人にとって潜在的に受け入れることのできるヒーロー像だったに違いありません。

 しかし、こうしたウルトラマンの描くいわば「正義」も、次第に矛盾を露呈していくことになります。佐藤氏によれば、それは、金城自身が抱えていた矛盾、すなわち、金城が琉球ナショナリズムとでもいうべき「沖縄人」としての強い誇りと、日本本土への強い憧れを同時に持っていたという矛盾だったわけです。

 博愛主義に基づきウルトラマンを描くということは、ともすれば、ヒーローに対する人類の甘えにもつながってしまいます。現に、ウルトラマンのストーリーは、ウルトラマンへの人類の甘えをいかに隠蔽するかという課題が常につきまとっていたわけで、そうした隠蔽のために、ウルトラマンのストーリーには種々のファンタジー的な要素が盛り込まれているわけです。

 しかし、結果的にウルトラマンは、「博愛主義的な国際主義」の破綻を露呈してしまい、ウルトラセブンになると、「博愛主義的な国際主義」を否定し「地球ナショナリズム」を強化していくことになります。そして、結局金城は、円谷プロから離れ、故郷の沖縄へと戻っていくことになります。

 沖縄に戻った金城は、自分の中の矛盾を解決することができずに悩む日々を送ることになります。そして、自分のアイデンティティを取り戻すべく、沖縄の郷土作品の制作にも力を入れるのですが、その過程で金城は、沖縄と本土との架け橋となることを目指していた自分が、実は「国際人」ではなく「無国籍人」となったいたことに気づき、しかし、そのときには取り返しのつかない状態に置かれていた、そうした絶望的な状況が金城の死を早めた、というのが佐藤氏の見解といえるでしょう。

 佐藤氏がこうした分析を通じて述べようとされたことは、戦後民主主義がかかげた理想の1つである博愛主義的な国際主義は、「歴史と伝統」を否定しようとする態度と密接に結びついているのだということであり、佐藤氏はそこに戦後民主主義の抱えている問題点や欺瞞を見出そうとしていたといえます。ウルトラマンが戦後のある時期に日本人から熱烈な支持を受けたのは、正にそうした戦後民主主義の在り方が背景にあったわけです。

 しかし、そうした時代状況の中で描かれたウルトラマンのヒーロー像が、その後普遍的なヒーロー像とはなり得なかったことは、あえて指摘するまでもないでしょう。

 話は大きく脱線してしまいましたが、アンパンマンの持つヒーロー像は、ウルトラマンのような政治的な意味を孕むメッセージはありません。アンパンマンはそうした政治的なメッセージを捨象した上で残された人類共通の「正義」を表現したものといえ、その意味で「普遍性」があるのだと思います。

 それは一見「脳天気」な正義にも見えるかもしれません。しかし、やなせ氏は、特定の政治的な意味合いでの「正義」を表現し、押しつけることに「偽善」を感じたからこそ、あえて政治的な要素を捨象して人類共通の「正義」を表現する道を選らんだのではないでしょうか。

 「親が見せたい番組」の上位に常に位置付けられるアンパンマンですが、政治や国際情勢の変動にもかかわらず、アンパンマン人気は今後とも不動なものなのではないかと感じました。