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「Shall We ダンス?」★★★★☆

Shall we ダンス? [DVD]

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 サラリーマンの杉山(役所広司)は一人娘を持ち、そこそこ出世コースを歩み、ローンを組んで一戸建てを建てた典型的なサラリーマンです。そんなはたから見れば幸せな生活を営んでいるにもかかわらず、どことなく元気がない。そんなときに、車窓に見つけた「社交ダンス教室」に惹かれ、おそるおそる入会してからというもの、生活に張り合いが出てきます。すると、ダンスにあれよあれよという間にのめり込んでいき、週末にもダンスをたしなみ、仕事中もダンスのことが頭から離れない。毎日が生きているという気になる・・・。

 この映画が制作されたのは1996年ということですが、当時の日本はバブル崩壊の後の混迷の時代でした。バブル崩壊によって「近代の物語」は悉く崩壊し、とりわけ多くのサラリーマンたちは何を目指して進んでいけばよいか決定的に見失い始めた時期と言えるかもしれません。

 そんな中で、この映画は新鮮なメッセージを与えてくれます。それは
「仕事より大事なものを忘れてないか?」という古くて新しいメッセージです。

 バブル崩壊以前は、仕事に打ち込んでいれば、それだけでも生き甲斐を感じることはできた。しかし、バブル崩壊後、それはほとんどの人にとって不可能になってしまったのではないでしょうか。そうした兆候は、もっと遡れば、1970年前後の高度成長が終焉する時期が1つの時代の変わり目になっているように思えます。1970年代に入ると日本社会全体が共有していた高度成長期の神話は壊れてしまった。それでも、バブルが崩壊するまでは、その余韻が続いてきたものの、バブル崩壊で悉く崩壊する・・・、そんな流れなのだと思います。

 そんな流れの先端にあって、「Shall We ダンス?」はサラリーマンたちの心の隙間にスポッとはまったのではないでしょうか。かつて、社会学者の宮台真司教授は『終わりなき日常を生きろ』という本の中で、ブルセラに走る女子高生やオウムの事件を分析されていましたが、この映画の主人公は、平凡な日常生活が続く中で社交ダンスに終わりなき日常を生きる術を見出したわけです。(他方で、仕事のなかに新たなスリルや冒険感覚を見出すことによって終わりなき日常を生きようとしたのがホリエモンなのかもしれません。)

終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアル (ちくま文庫)

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 何が幸せなのだか分からなくなった時代を生きる上で、この映画はおそらく必見なのでしょう。