映画、書評、ジャズなど

「ミュンヘン」★★★☆

ミュンヘン スペシャル・エディション [DVD]

ミュンヘン スペシャル・エディション [DVD]

 スピルバーグ監督の大作です。

 この映画は、1972年のミュンヘン・オリンピックで、イスラエルの選手団がアラブのテロリストに暗殺されたことへの報復として、エリック・バナ演じるアヴナー率いる暗殺チームが、テロに関わった11人の殺害を次々と実行していくという重厚な内容です。アヴナーは殺害を遂行していく過程で、次第に自分のミッションの持つ正義に対して疑問を抱くようになる、この点がこの映画の最大のポイントです。こうした報復を続けていても平和は訪れないのではないか、という疑問です。最後の場面では、世界貿易センタービルがバックに描き出されているのが極めて効果的な演出となっています。

 アメリカ人であり、かつユダヤ系であるスピルバーグ監督がこうした映画を作成しているところに大きな意味があります。この映画は決してイスラエル寄りに中東対立を描いているわけではありません。パレスチナ側の言い分についても、ストレートな説明を映画の中でさせていますし、事実、イスラエル総領事はこの映画について「見かけだおし」と非難しているようです。

 パレスチナ問題が現代まで尾を引く複雑な問題であることは今更言うまでもありません。長年迫害され続けてきた流浪の民であるユダヤ人が、イギリスの外相バルフォアからパレスチナの地における建国を約束された一方で、イギリスはアラブ人たちに対しても、戦争協力を条件としてアラブの独立を約束していた、これが現在まで問題が尾を引いている最大の要因と言えるでしょう。この問題は決してアラブとユダヤの間だけの問題ではなく、帝国主義という欧米発の外交政策が助長したものです。

 こうした複雑な問題であるからこそ、この問題を題材として取り上げることは困難であったでしょう。しかし、スピルバーグ監督は見事に両者を公平に扱い、報復の連鎖が決して平和をもたらすことがないというメッセージを送ることに成功しているように見受けられます。繰り返しになりますが、ユダヤ系であるスピルバーグが作った映画だからこそ、大きな意味があるのです。

 ちなみに、この映画に出てくる情報仲介者の役割も興味深いものでした。フランスの情報仲介者は決して政府とは取引をせず、自分の提供した情報が政府に伝わっていると知れば、情報の提供を拒絶してしまう。アヴナーたちのミッションは、この情報仲介者からの情報を元に遂行されていくわけですが、こうした見えない敵との戦いが、アヴナーが自らのミッションに疑問を抱く大きな要因にもなります。そして、次第に自分も誰かに狙われているのではないかという疑念をこの情報仲介者にぶつけることになります。この話、何となく、少し前の民主党の偽造メール問題との共通性を感じませんか?

 いずれにせよ、スピルバーグのこの問題作、間違いなく見る価値があると思います。