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金沢JAZZ STREET 2012

 今年も金沢JAZZ STREETにやってきました!今回で4回目ですが、毎年レベルアップしている感があります。来場者数は第1回が4日間で8万人、第2回が3日間で9万人、第3回は天候に恵まれず3日間で6万人でしたが、今年は天気にも恵まれ、フェス自体も市民に浸透してきたこと、そして参加ミュージシャンの充実ぶり!を見れば、おそらくかなりの来場者数が見込まれるのではないかと思います。

 今年の顔ぶれを見ると、世界最高峰のアコーディオン奏者のリシャール・ガリアーノ、イタリア・ジャズ界最高峰のアルトサックス奏者ロザリオ・ジュリアーニ、そして日本からは、日本を代表するピアニストの山中千尋アキコ・グレースらが参加します。

屋外ステージ

 金沢JAZZ STREETの最大の魅力は、街中のあちらこちらに設けられたステージで同時進行でライブが繰り広げられることです。尾山神社や石川県中央公園などに大きなステージが設置されるほか、ポケットパークのような場所にも小さなライブ会場が設置され、道行く人が足を止めて演奏を楽しむことができます。

 私が一番楽しみにしている演奏の一つは、毎年尾山神社の境内で行われる国立音楽大学のニュー・タイド・ジャズ・オーケストラの演奏です。

 このグループの演奏レベルの高さは毎年際立っています。そのステージは完成された立派なエンターテイメントとなっています。今年も夕暮れ時にステージを見てきましたが、期待に違わずレベルの高い演奏でした。詰めかける多くの観客もこのステージを楽しみに来ている方が多いように見受けられ、良いタイミングで拍手を送るなど大変質の高い聴衆が集まっているため、演奏者と観客の間の相互交流が立派に成立しています。金沢の文化度の高さを象徴するような光景です。

 尾山神社では、国立音楽大学の前に、今年初めて参加の沖縄ジャズ・オーケストラが演奏していましたが、これも大変レベルの高い演奏でした。♪Swaneeなど古き良きアメリカン・ジャズを聴かせてました。

 同じく尾山神社では、金沢市姉妹都市であるイルクーツクからやって来たDr.JAZZというバンドも演奏していました。バイカル湖をイメージしたという曲などのオリジナル中心の構成でしたが、ロシア音楽的なアレンジのスタイルと高音を張り上げる女性ヴォーカリストが印象的でした。

 日本の伝統的神社でロシア人バンドがアメリカ発の音楽であるジャズを演奏するという何とも不思議な取り合わせですが、これこそジャズの変幻自在な魅力というべきでしょう。

 石川県中央公園では、Field Holler J.O.という社会人バンドが演奏していましたが、これも大変レベルが高い演奏でした。

 香林坊の109の前で演奏していたみんなの吹奏楽団デキシーバンドというバンドの演奏も大変盛り上がっていました。

Xia Jia Trio & 山中千尋

 今回もホールでの演奏を中心に聴きましたが、最初に見たステージは、中国の若手気鋭のピアニストXia Jia率いるトリオと、山中千尋のステージです。
 Xia Jia Trioは一昨年の金沢ジャズストリートにも参加していますが、今回はホールでの演奏です。

 中国ジャズは戦前の上海で芽生えました。上海の和平飯店の老年爵士楽団の演奏がよく知られていますが、古き良きスイング・ジャズといった感じですが、現代の中国ジャズはだいぶ変わってきているようです。Xia Jiaは北京を中心に活動しているピアニストですが、その演奏は東洋の神秘的な要素を盛り込んだ前衛的なものです。オリジナル曲を中心とする演奏でしたが、静かなタッチで奏でられるリリカルな旋律がシーンとした会場に響き渡るような演奏です。トリオの中に入っている日本人ドラマーの方が北京でも教鞭を執っておられるとのことで、日本のジャズが北京ジャズに相当程度影響を与えている部分もあるように思われます。
 ジャズと東洋文化というのは割と相性がいいように思います。日本でこれだけジャズ文化が発達してきたこともその現れでしょうし、コルトレーンも東洋の文化や宗教にだいぶ影響を受けていたことは良く知られています。Xia Jiaがこれからどのような形でジャズと中国文化の融合を図っていくかが大変楽しみです。

 次に登場したのが山中千尋です。ライブで山中千尋さんの演奏を聴くのは初めてでしたが、その演奏技術の高さにまず圧倒されました。さすが、バークリー音楽院首席で卒業しただけあります。彼女の魅力は斬新なアレンジにあると言って良いかと想います。デイヴ・ブルーベックの♪Take5のアレンジは、これまでに聞いたことがないような楽曲に調理されていました。また最近発売されたアルバムからは、ビートルズの♪Becauseが演奏されましたが、これも今まで耳慣れたビートルズの演奏とはかけ離れたものですが、斬新なアレンジによって、この曲の別の魅力が浮かび上がってきたように思いました。ベートーベンの♪エリーゼのためにのアレンジも秀逸でしたし、クライスラーの♪愛の悲しみのアレンジも大変良くできていました。
 最近の若手のミュージシャンたちがオリジナルと称して「駄作」を演奏するのに比べて、過去の優れた楽曲を新しい形で甦らせるアレンジ曲を演奏する方が観客としても嬉しいですし、これこそジャズの醍醐味の一つでもあります。過去の伝説的なジャズ・ミュージシャンたちもオリジナル曲ばかりを演奏してきたかといえば必ずしもそうではなく、例えばマイルス・デイヴィスなどは、過去の埋もれたミュージカル・ソングや映画音楽を新しいアレンジでリバイバルさせたところに大きな功績があるわけです。そう言う意味で、山中千尋さんのステージには大変好感が持てました。ちなみに、山中千尋さんは雑誌『JAZZ JAPAN』でも大変ユニークで知的なコラムを書かれていますので、そちらも是非ご覧いただけると彼女の多才ぶりが一層分かると思います。
 今回の公演を見て、一挙に彼女のファンになりました。

Rosario Giuliani Quartet

 イタリアの天才アルトサックス奏者率いるカルテットです。ドラムのジョー・ラ・バーベラは、かつてビル・エヴァンス・トリオに所属したという華麗な経歴の持ち主です。ベースのダリル・ホール、ピアノのロベルト・タレンツィも素晴らしいプレイヤーで、最高のカルテットです。
 ただ、演奏された曲は大半がオリジナル曲で、少し平板な感があり、物足りなさを感じてしまいました。この華麗なカルテットでスタンダードの名曲が聴けたらどんなに素晴らしかったことか。。。少し残念なステージでした。

Akiko Grace Super Trio & Evan Christopher's Clarinet Road

 最終日の最初のステージに登場したのがアキコ・グレースです。第1回目のフェスで登場して以来です。山中千尋と並んで、本場NYで活躍する日本人女性ピアニストです。
 アキコ・グレースのピアノは確かに美しく、高い技術レベルを誇っています。ただ、音がスイングして弾んでいるかというと、どちらかといえばしっとり聴かせたり、技巧を前面に打ち出すタイプの演奏が多かったように思います。

 それと対照的に“スイング”を追求した演奏を繰り広げたのがクラリネット奏者のエヴァン・クリストファーです。このバンドは、クラリネットとWギターとベースという変わった構成です。彼は敬愛するジャンゴ・ラインハルトニューオリンズ・ジャズを結び付けた演奏を展開しています。この日も、ジャンゴ・ラインハルトデューク・エリントンの楽曲が数多く演奏されました。
 ジャンゴ・ラインハルトニューオリンズ・ジャズとを結び付けるという発想は、かつてデューク・エリントン楽団にクラリネット奏者として在籍したバーニー・ビガードに触発されたもののようです。このバーニー・ビガードがデューク・エリントンジャンゴ・ラインハルトとを結び付けたとのこと。
 このバーニー・ビガードは、♪Mood Indigoの共作者としてもエントリーされているようですが、実はこの曲、バーニー・ビガードの師匠が作曲したものをバーニーが自分の曲であるかのようにエリントンに渡したという曲なのだそうです。この曲は今回のステージでも演奏されました。 ところで、エヴァン・クリストファーが“スイング”について面白い解説をしていました。スイングというのは1人ではできない。それは複数の者が感情を共有することによってもたらされるものだ、ということです。また、スイングというのは“Optimistic”なものだ、ということも言ってました。なるほど、この方はスイングについて良く考えており、それが演奏にも反映されているな、ということを率直に感じました。Wギターもベースも、それぞれ演奏は大変弾んでおり、スイングしていました。
 これぞ元祖アメリカ・ジャズといったような終始明るいステージでした。

Richard Galliano Septet

 今回のミュージシャンの中で、正真正銘、世界一のミュージシャンと言えるのはこのリシャール・ガリアーノでしょう。ピアソラガリアーノを自分の後継者として認めていたというアコーディオン奏者です。
 余計なMCを交えずに黙々とアコーディオンを1時間半に渡って奏で続ける姿は、正に超一流のプロといった風格です。ピアノのヂミトリ・ネディチュもリリカルで大変素晴らしい演奏でした。
 おそらく今回のフェスティバルのあらゆるステージの中で最も聴衆に感動を与えたステージだったのではないでしょうか。最後は観客総立ちのスタンディング・オベイションで幕を閉じました。聴衆は皆、決して手を抜かず真剣に聴かせるプロの演奏に感動したのだと思います。ガリアーノがソロで奏でた♪Libertangoを聴いたときは、その演奏の凄さと迫力に思わず鳥肌が立ちました。こういう超一流の演奏が地方都市で聴けるのも金沢ジャズ・ストリートの醍醐味です。

総括

 というわけで、毎年この金沢ジャズ・ストリートを見てきたわけですが、率直に言って、ミュージシャンのレベルで言えば、今回が一番高かったと思います。世界最高峰のリシャール・ガリアーノや、日本人ジャズ・ミュージシャンの代表格ともいうべき山中千尋が呼べるのですから、大したものです。それというのも、文化庁の「地域発・文化芸術創造発信 イニシアチブ」のおかげなのでしょう。ジャズ・ファンとしては、これほどの贅沢はありません。

 国際色も今回のジャズ・ストリートが最も溢れていたように思います。国際政治情勢が不安定な中で、中国や韓国からミュージシャンたちがやって来て、多くの聴衆が喝采を送っている光景はやはり素晴らしいと思います。政治は政治、文化は文化、だからこうした文化交流に意味があるわけです。

 あえて一言申し上げるとすれば、今回は学生バンドがやや手薄となった印象があります。昨年は被災地の高校生が招待されていましたが、今年は大学生・高校生ともに参加バンド数が減っているように思います。学生たちにとっても、この金沢に来ることは、多くの一流ミュージシャンの演奏に接することができる良い機会であるので、できれば学生たちの出演のチャンスをもっと増やしてあげたら良いのではないかという気がします。

 それはさておき、やはりジャズというのは、街の活性化にピッタリな文化要素だと思います。ジャズは子供から老人まで幅広い年齢層の人びとが足を止めて聴き、拍手を送ることができる数少ない音楽です。そして、とりわけ文化的素養の高い金沢には、ジャズはしっくりきます。聴衆もジャズの聴き方を熟知しており、適切なタイミングで拍手を送っていました。

 エヴァン・クリストファーがいみじくも言っていたように、“スイング”というのは一人ではできません。複数のミュージシャンがいて、大勢の聴衆がいて、かつ、ミュージシャンと聴衆の間にコール・アンド・レスポンスが成立して、初めて“スイング”が生まれるのです。そこにジャズだけが持つ特有のパワーがあるのです。

 今年も思う存分楽しませていただきました。来年の展開も今から楽しみです。