映画、書評、ジャズなど

ポール・オースター「オラクル・ナイト」

 

オラクル・ナイト (新潮文庫)

オラクル・ナイト (新潮文庫)

 

 2003年のポール・オースターの作品です。物書きである主人公が、現実の世界と執筆中の小説の中の世界をオーバーラップさせながら、やや複雑な二重構造が小説の基盤を成しています。

主人公は、大病から回復したばかりの作家シドニー・オア。妻のグレースと2人で暮らしている。

シドニーはあるとき、チャンという中国人が開店したばかりの文房具店でポルトガル製の青いノートに運命的に出会い、小説を書き始める。

小説のモチーフは、ダシール・ハメットの『マルタの鷹』に出てくる、忽然と姿を消す男の逸話だった。その男は、ビルの工事現場から落ちてきた梁が危うく直撃しそうになったのだが、それをきっかけに、家族に別れも告げずによその町へ行き、一から人生をやり直すというもの。

シドニーは、この『マルタの鷹』に出てくる男に倣い、ボウエンという男を主人公にした小説を書き始める。しかし、ボウエンが地下室に閉じ込められるところで、ストーリーが行き詰まってしまう。

一方、シドニーはチャンの青いノートとの劇的な出会いを経て小説を書き始めるものの、現実の世界でもトラブルに見舞われる。チャンの店を再び訪れた際には、既に文房具店はなく、チャンは別の店で働いていた。そして、チャンに誘われるがままに猥褻な店に連れていかれる。さらに、妻のグレースの様子がおかしくなるのだが、それはグレースが妊娠したためだった。グレースは、シドニーの友人でもあるトラウズとも付き合っていて、自分の子供がシドニーの子かトラウズの子か分からなかったのだ。

グレースは、トラウズの不良息子に襲われ、殺されかける。トラウズは病気で死亡するが、その直前に、シドニーに多額の資産を譲るべき小切手を送っていた。

シドニーは送られてきた小切手を見て涙があふれてきたが、幸せを感じていた。。。

 

 

非常に複雑なプロットの小説なので、一言であらすじを語るのは難しいです。最初この小説を読み始めたとき、プロットの複雑さに一度読み進めるのを断念してしまいましたが、それほど、現実の世界と小説の中のフィクションの世界が混線しながら、話が進んでいきます。

 

しかし、主人公シドニーの、運命に身を任せつつ進んでいく淡々とした姿勢がとても魅力的です。これは、村上春樹氏の小説に出てくる主人公との共通点だと思います。様々なトラブルに巻き込まれつつも、さほど強い意思を持たずになすがままに生きていく姿勢というのは、ある意味、現代人の共感を得られやすいような気がします。

 

さすが、ポール・オースターらしい作品でした。

 

 

「殺したい女」★★★★

 

Ruthless People [DVD]
 

1986年の痛快なコメディ作品です。

 

サム・ストーンは、財産目当てで妻のバーバラと結婚したが、愛人がおり、バーバラの殺害を企てる。しかし、その直前に、妻バーバラは、サムにかつて自分が発案したファッションを盗用されたことを恨んでいるカップルに誘拐される。

サムは誘拐犯から身代金を要求されるが、妻が殺されることを内心望んでいるため、すぐさま警察に連絡し、犯人の要求にも積極的に応じない。

誘拐犯は身代金の額を引き下げてくるが、それでもサムはまともに対応しなかったが、そうこうしているうちに、サムに自作自演の嫌疑がかけられ、愛人がいたことも公になってしまう。

そんな中、バーバラと誘拐犯は次第に意気投合するようになる。そして、バーバラは逆に誘拐犯と結託して、サムから奪った金品を誘拐犯のカップルに渡るように仕組むのだった。。。

 

 

何ともナンセンスなコメディではありますが、比較的脚本がよくできていて、十分に楽しめる作品となっています。

驚くのは、サムの妻のバーバラを演じているベット・ミドラーです。

ベット・ミドラーといえば、どちらかといえば、歌手というイメージが強いのですが、1989年にビルボード・チャートで1位に輝いた代表曲♪Wind Beneath My Wingsで聴かせる美声は、この映画のキャラクターとは似ても似つかぬ印象です。


Bette midler wind beneath my wings Live #BetteMidler

 

観終わった後に清々しい気持ちになれます。

 

「トゥルー・グリット」★★★★

 

トゥルー・グリット [Blu-ray]

トゥルー・グリット [Blu-ray]

 

コーエン兄弟が監督、スピルバーグが製作総指揮という豪華な作品です。父親を殺された少女が、自ら保安官を雇って、殺害犯を追い詰めていくというストーリーです。

 

14歳の少女マティの父親が殺される。マティは、父親を殺害したチェイニーを捕らえ、父親の仇を討つべく、連邦保安官のコグバーンを雇う。そこに、テキサスのレンジャーのラビーフも合流する。3人は野宿を重ねて荒野を進む。一方、チェイニーはお尋ね者テッド一味と合流していた。

しかし、マティは1人で川に水を汲みにいくと、チェイニーとばったり鉢合わせてしまい、連れ去られてしまう。

マティははチェイニーに殺害されそうになるが、間一髪でコグバーンが救出。逆にマティはチェイニーを撃ち殺すが、その弾みで穴に転落し、毒蛇に噛まれてしまう。コグバーンはマティを抱えながら夜通し走って街に向かい、マティは一命を取り留めるが、腕を切断することになる。

その後、マティは父の事業を引き継いで年を取っていくが、あるとき、コグバーンから手紙が届き、旅芸人としてやっているとのこと。マティはコグバーンのもとを訪ねるが、ちょうど3日前に亡くなったとのことだった。

マティはコグバーンの墓に足を運んだ。。。

 

さすがコーエン兄弟の作品だけあって、初めから終わりまで緊迫感が張り詰めたクオリティの高い作品です。

 以下は、これまでに鑑賞したコーエン兄弟の作品です。



 

主人公のマティがとても毅然としてしっかりした役柄の女の子で、飄々としながらも執拗に父親の敵を取ろうとする姿がとても魅力的です。

「スリーピー・ホロウ」★★★★

 

スリーピー・ホロウ スペシャル・コレクターズ・エディション [Blu-ray]

スリーピー・ホロウ スペシャル・コレクターズ・エディション [Blu-ray]

 

ティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演の1999年の作品です。

首切りがテーマなだけに、残酷なシーンのオンパレードのブラック・ファンタジー作品です。

 

ニューヨーク郊外の村で首切り事件が多発。しかも、首は見つからないという不可解な事件だった。その捜査を任されたのがクレーン(ジョニー・デップ)だった。村に乗り込んだクレーンは、村の富農のタッセルの家に泊まる。タッセルは、首を切られて殺害されたギャレットの親戚だった。

この村では、殺害犯はドイツ人傭兵の騎士の亡霊だと考えられていた。科学捜査を信じるクレーンはそれは迷信だと思っていたが、やがてこの騎士の亡霊の仕業だと信じざるを得なくなる。

このドイツ人騎士の亡霊は、死人の木の付け根から現れ、特定の人物の首を切りに村へ向かって、首を持って帰るのだった。誰かがドイツ人騎士の首を掘り起こして、それを使って自分の殺したい人物の首を刈らせているのだった。

クレーンは、タッセルがその犯人だと考えたが、ラッセル自身が亡霊によって首を刈られてしまう。タッセルの妻も首を刈られた状態で見つかる。クレーンはタッセルの娘カトリーナを疑うが、タッセルの妻が実は殺害されておらず、彼女が相続財産を手に入れるために、ドイツ人騎士の首を使って亡霊を操っていたことに気付く。

クレーンは、ドイツ人騎士の首を返還することに成功し、カトリーナを連れてニューヨークに戻った。。。

 

それにしても、残酷な首切りシーンが次から次へと登場します。とても子供に見せるような類のファンタジーではありませんが、ティム・バートン監督らしさは存分に発揮されています。恐怖感を煽る映像も素晴らしいです。

 

映画のすばらしさを存分に体感できる作品でした。

「エビータ」@シアターオーブ


【動画】ミュージカル『エビータ』メディアコール 2018.7.4@東急シアターオーブ

渋谷のヒカリエにあるシアターオーブで『エビータ』を鑑賞してきました。

ミュージカル『エビータ』は、アンドリュー・ロイド=ウェバー作曲、ティム・ライス作詞で、かつてはマドンナが映画で主演を演じた作品です。このコンビは何と言っても『ジーザス・クライスト・スーパースター』が有名ですね。

  


主演に抜擢されたエマ・キングストンの透き通るような美声ももちろん大変素晴らしかったですが、目玉のキャストは、チェ役を演じたラミン・カリムルーでしょう。イラン出身のカナダ人で、これまでも『オペラ座の怪人』などで主役を務めてきたミュージカル界のスターです。この作品でチェ役は狂言回し役で、民衆の圧倒的な人気を得るエビータの欺瞞をささやく大事な役どころです。その存在感はさすがでした。

 

エビータことエヴァ・ペロンは、1940年代にアルゼンチンの大統領ペロンと結婚した女優です。大統領夫人という立場で政治も介入し、1946年にはペロン大統領と共に「レインボー・ツアー」と呼ばれるヨーロッパ外遊を行い、エビータは各国で歓迎されたようです(これはミュージカルのシーンでも取り上げられています。)。

私生児として貧しい家庭で育ったにもかかわらず大統領夫人という立場を手にしたエビータは人気が高かったようですが(今でも人気が高いようです)、残念ながら若くして子宮頸がんに侵され、33歳で亡くなります。

その後、ペロン大統領も、その後クーデタでスペインに亡命することになります。しかし、その後再び母国に戻って大統領となりますが、間もなく心臓発作で死亡します。

 

それにしても、エビータのようなキャラクターが今でも人気があるというのは、アルゼンチンの国民性を表しているような気がします。

 

このミュージカルの目玉はやはり楽曲でしょう。これはマドンナ版の♪Don't cry for me Argentinaです。


Don't Cry For Me Argentina - Madonna

 

このほかにも、多くの有名歌手が美声で歌っています。


Karen Carpenter-Don't Cry For Me Argentina


Sinead O'Connor Don't cry for me argentina.flv

 

また、♪Buenos Airesもアップテンポのいい曲です。


Evita Soundtrack - 05. Buenos Aires

 

舞台からだいぶ遠い席だったのは若干残念でしたが、それにしても生の演劇は素晴らしいですね。

多和田葉子「胡蝶、カリフォルニアに舞う」

 

文學界2018年7月号

文學界2018年7月号

 

 これまた文學界7月号からですが、多和田葉子氏の短編がとてもユニークで、何とも言えない不思議な読後感を残してくれる作品でした。

 

主人公Iは、留学がうまく行かず、家族に内緒で米国から帰国し、迎えに来た優子に勧められるがままに、優子の家に転がり込む。翌日はある企業との採用面接が予定されていた。

翌日、Iは中央線に乗り込み面接に向かう。女性専用者に乗ってしまうが、なぜかIは女に見られていた。

面接先の社長室に入ると、別室に向かうように言われる。白い壁には、炊飯器に関する意味不明な話をする米国人が登場して辟易する。

 

Iが目を開けると、そこは米国に向かう飛行機の中だった。。。

 

 

とても不思議な「多和田ワールド」が繰り広げられています。

荒唐無稽でシュールな描写が次々と展開されていき、キツネにつままれた思いで鬱憤が募っていくのですが、最後の場面で、そうした感情がスーッと抜けていく感覚がとても爽快です。

 多和田氏の小説は、過去に「雪の卒業生」を読みましたが、ホッキョクグマを主人公とする3つの物語はいずれもとてもシュールです。



ドイツを拠点に世界中を行き来する著者ならではのシュールな世界観は、荒唐無稽であるものの、読者の心をつかんで離さない魅力があります。

 

それにしても、文學界7月号は、とても“当たり”です。

原田マハ「モダン」

 

モダン (文春文庫 は 40-3)

モダン (文春文庫 は 40-3)

 

ニューヨーク近代美術館(MoMA)にまつわる短編集です。絵画や美術館をうまくモチーフにした、心に残る作品ばかりです。

 

「中断された展覧会の記憶」は、MoMAが福島の美術館にアンドリュー・ワイエスの『クリスティーナの世界』を貸し出したものの、3・11の後に原発事故が起こり、展覧会の途中で絵画を返還してもらうことになった話。MoMAの展覧会ディレクターの杏子は、この絵と共にもう一度福島に戻ることを心に決める。。。

 

「ロックフェラー・ギャラリーの幽霊」は、MoMAの監視員のスコットが、ピカソの作品の前で佇む青年を目撃するという話。スコットは確かにその青年と言葉を交わしたのだが、モニターには青年は一切映っていなかった。その青年が名乗った名前は、亡くなったMoMAの元館長と同じだった。。。

 

「私の好きなマシン」は、インダストリアル・デザイナーのジュリアの話。ジュリアはニューヨークの書店の娘だったが、高校時代に両親と行ったマシン・アートの展覧会でベアリングの美しさの虜となる。そこには、両親の書店をしばしば訪れたMoMAの館長がおり、ジュリアは館長から、知らないところで役に立っていてそれでいて美しいものをアートと呼ぶと言われた。やがてジュリアは、知人から元館長が亡くなった知らせを受ける。同時に、ジュリアの元に、超有名IT起業家からオファーが入る。。。

 

「新しい出口」は、MoMAに勤務するローラが、同僚のセシルを9・11で亡くしてしまう話。ピカソが専門のローラとマティスが専門のセシルはそれぞれ、いつか大きい展覧会を仕掛けることを夢見ていた。そんな矢先に、この2人の巨匠の展覧会をいっぺんに仕掛ける話が持ち上がったのだが、その矢先に9・11が起こる。そのショックでローラはPTSDを患い、MoMAを去った。。。

 

「あえてよかった」は、日本の企業からMoMAに派遣された研修生の麻実の話。麻実は、MoMAのデザインストアのディスプレイで、日本の箸が×印に置かれていたのが気になり、MoMAで面倒を見てくれているシングルマザーのパティに相談する。パティは面倒くさそうに聞いていたが、翌朝には既に改善されていた。。。

 

 

以上がそれぞれの短編のあらすじですが、多くの作品で、美術館の裏方の人達にスポットライトが浴びせられ、しかも、とても魅力的な人物として描かれています。

美術館のスタッフというのは、本来とても重要で、欧米ではステイタスが高い職業ですが、日本ではあまりそうは見られていない感じがします。

そんな中、自身もキュレーターの経験がある著者は、様々な作品の中で、美術館の裏方的な人たちを描いていますが、こうした人たちにもっとスポットを当てたいという思いがあるように感じます。

 

作品中では、MoMAにまつわる様々な絵が取り上げられていますが、中でも、冒頭の作品中の『クリスティーナの世界』がもっとも効果的に使われているような気がします。草原で足の不自由なクリスティーナが力強く前に進もうとしている姿は、不幸な原発事故の後に懸命に前に進もうとしている福島の人々の姿とオーバーラップします。

 

著者の魅力が存分に発揮された素敵な短編集で、著者の他の作品をもっと読んでみたくなりました。