映画、書評、ジャズなど

「あの子を探して」★★★★☆

 

あの子を探して [DVD]

あの子を探して [DVD]

 

チャン・イーモウ監督の1999年の作品です。10年ぶりに鑑賞しましたが、何度見てもシンプルで心打たれる作品です。

 

中国の内陸部の貧しい地域の学校に、代理の先生として連れてこられた13歳の少女ウェイ・ミンジ。児童の中に、ホエクーという貧しいやんちゃな男の子がいたが、ホエクーが家庭の事情で街に出稼ぎに連れていかれてしまう。

ウェイはホエクーを連れ戻しに行くことを決意。交通費がない中で、何とか街にたどりつくものの、どうやってホエクーを探せばよいのか分からず、張り紙を作成するものの、意味がないと他人から指摘され、テレビ局の入口で局長を捕まえようと粘る。それが功を奏して、局長の配慮で人気番組に出演し、ホエクーに呼びかける機会を得る。

ウェイは番組を見たホエクーと無事再会を果たし、視聴者からも学校やホエクーに多くの寄付が寄せられたのだった。。。

 

ウェイがテレビに出て、緊張しながらも、涙を流しながらホエクーに呼びかけるシーンは、とても素晴らし演技です。その後、ホエクーと再会を果たした後のほっとした穏やかな表情とのコントラストが大変見事です。

 

この映画を見ると、中国の内陸と都市部の格差が手に取るように伝わってきます。同じ中国といえども、飛躍的に発展を遂げている都市部に対し、内陸部はまだまだ取り残された感があります。

 

チャン・イーモウの作品は、初期の一部を除けば概ね個人的にお気に入りですが、中でもこの作品と『初恋のきた道』はとりわけ好きです。

アガサ・クリスティ「スタイルズ荘の怪事件」

 

スタイルズ荘の怪事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

スタイルズ荘の怪事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

アガサ・クリスティのデビュー作です。既にエルキュール・ポアロのキャラクターがしっかりと出来上がっているところが驚きです。当初はいくつかの出版社から原稿を送り返されたとのことですが、デビュー作にして、アガサ・クリスティらしさが出ています。

 

物語の舞台はスタイルズ荘という屋敷。女主人エミリー・イングルソープの下に最近になってアルフレッド・イングルソープが再婚の夫としてやってきた。屋敷にはエミリーの義理の息子であるジョンとその妻、ジョンの弟、エミリーの友人や旧友の娘などが滞在していた。そんな中で、エミリーが殺害されるという事件が起こる。そこにポアロがやってきて、謎を解き明かす。

 

どう見ても怪しいのは、アルフレッド・イングルソープに決まっています。財産目当てにエミリーと結婚したという魂胆は見え見えです。

しかし、当初逮捕されたのはジョンだった。ジョンは裁判にかけられるのだが、ポアロは誰を真犯人と思っているか、依然として明らかにしない。

結局、真犯人はアルフレッド・イングルソープだった。。。

 

紆余曲折あって、一番疑わしい人物が真犯人というある意味意外な展開は、アガサ・クリスティらしいといえばらしいのかもしれませんが、後の名作群に比べれば、やはりまだ未熟さが感じられるような気もします。でも、デビュー作において既に天才の片鱗は十分に感じられます。

 

 

「フェリーニのローマ」★★★★

 

フェリーニ・ワールド全開の作品です。自伝的要素が強い作品とされていますが、主人公が若き頃にジャーナリストとしてローマを訪れ、その30年後に映画監督として再びローマを再訪するという設定になっています。

 

主人公が最初にローマを訪れたのは、ムッソリーニの支配下で戦争が繰り広げられていた時代。それから30年後に映画監督として再びローマを訪れるが、若者たちは社会に不満を抱いている。居候先の下宿には、肥満の老女たちが堕落した生活を送っている。

シーンが次々と変っていき、地下鉄の工事現場では、少し掘るたびに遺跡にぶつかり、なかなか工事が進まない。

それから、主人公は娼館へ。低級の娼館と高級の娼館のそれぞれの様子が描かれる。

そして、教会の中で繰り広げられるファッション・ショーのシーン。枢機卿がショーを見ながら、次の僧衣が決まるという。

ノアントリ祭では大勢の人々がボクシングの試合に熱狂している。

そして、最後は若者たちがバイクに乗ってローマの街を疾走するシーンで終わる。。。

 

脈絡のないシーンが連続するのは、いかにもフェリーニらしい作品です。

 

作品中、アメリカ人の作家がローマについて述べているセリフが印象的です。

「ローマに住んでる理由を聞きたいんだろ?まず第一に、ローマ人の無干渉主義が大好きなんだ。それにローマは幻想の都だ。教会や政府、映画すべてが幻想を生み出す。我々も幻想の作り手だ。世界が人口過密で終焉に向かってる。何度も興亡をくり返したこの都市で崩壊を見届けたい。自滅する地球を眺めるには、ここが一番ふさわしい。」

この言葉にもしかするとフェリーニの思いが込められているのかもしれません。

 

独特の世界観と映像美はさすがフェリーニといった感じです。

國重惇史「住友銀行秘史」

 

住友銀行秘史

住友銀行秘史

 

バブルの時代に世間をお騒がせしたイトマン事件の裏側を実名で赤裸々に告白した衝撃的な本です。今でも現役の人たちも実名で登場するので、出版には余程の勇気が必要だったに違いありません。

 

著者の國重氏は当時住友銀行で業務渉外部部付部長をされており、イトマン社長の退任劇に深く関与します。当時の住友銀行では、磯田会長という絶対的な存在がおり、その寵愛を受けた河村氏が繊維商社のイトマンに送り込まれ、イトマン社長として事業の拡大を進めます。

その過程で、河村氏は伊藤寿永光氏という不動産のプロをイトマンに引き込み、その伊藤氏が許永中氏らとともに、イトマンを食い物にした、という話です。

磯田会長には寵愛する娘園子がおり、園子の夫である黒川洋氏が磯田会長とイトマンの間をつなぐ役割を果たします。

本書では、こうした放漫経営が繰り広げられるイトマンへの対応について、人事抗争と絡みながら右往左往する住友銀行の内部事情を赤裸々に暴露している点が大変興味深いところです。本書を読むと、銀行のガバナンスがいかにずさんであったか、臨場感を持って伝わってきます。

 

当時の住友銀行内部では、磯田会長、西副頭取らがイトマンの河村社長と親しい間柄にあり、それに対して、巽頭取、玉井副頭取、松下常務、國重氏らが、反磯田の立場で結託し、イトマンの実態を明らかにし、住友銀行がこれ以上の損害を被るのを防ごうと尽力しているという構図がありました。

しかし、それぞれが一応のスタンスを持ちながらも、人事抗争が絡む中で、その意思が必ずしも一貫していたわけではなく、保身の観点から各人の気持ちが揺れ動く様子も伝わってくるところが興味深い点です。まさに組織人としてのさがが見え隠れしています。

 

著者はイトマン問題を世間に知らしめるために、日経記者と組んで「内部告発状」を政府関係者や住友銀行幹部に送付します。それは、あたかもイトマン内部の関係者が差出人であるかのような体裁でしたが、実際は國重氏が出していたことを、本書で告白しているわけです。事件から四半世紀が経過しているとはいえ、これは衝撃的な事実です。

 

本書からは、住友銀行の膿を出し切りたいという著者の執念が伝わってきます。河村社長や磯田会長の退陣という目標に向けて熾烈に暗躍するわけですが、他方で、それらを達成した後の著者の「無力感」も表明されています。

 

では、そうした著者の「無力感」はどこから来ているのか?

 

これは私の憶測でしかありませんが、著者は純粋に自分の正しいという理想に向けて行動したわけですが、そのための手法としては、人事抗争のような形を取らざるを得なかったという点にあるように思います。組織の中で自分が正しい道を実現するためには、それを実現できる人事体制を組まなければならないわけで、それは結局人事抗争に帰着せざる得ないというのが組織人の性ということなのでしょう。

 

内容的には決して清々しいものではありませんが、銀行あるいは組織のガバナンスについて考える上で極めて有用な本でした。

マイケル・ルイス「マネー・ボール」

 

著者は『世紀の空売り(The Big Short)』や『ブーメラン』『ライアーズ・ポーカー』『フラッシュ・ボーイズ』などの金融関係のノンフィクションで有名ですが、著者の代表作といえば本書かもしれません。

 

本書では、貧乏球団であるアスレチックスのゼネラルマネジャーであったビリー・ビーンのお金をかけずにチームを強くした特異な戦略について書かれています。ビリーの戦略は徹底的にデータにこだわることです。これまであまり注目されなかった四球に着目し、スカウトやトレードに臨むといった姿勢で、資金力のないアスレチックスを常勝チームに導きます。

 

ビリーは、かつて自信も注目された野球選手でしたが、恵まれない野球人生を送ります。そんな中、ビリーは自ら志願してアスレチックスのアドバンス・スカウトに転身し、見事その才能を発揮することになります。

通常であれば、監督が仕切るところを、ビリーはゼネラルマネジャーでありながら、自らチームの戦術に口を挟みます。その補佐役を務めるのは、ハーバード大卒業のポール・デポデスタという若者で、いつもノートパソコンを持ってビリーをサポートします。

 フロントが現場に介入するようなビリーのスタイルには賛否両論あるかもしれませんが、とかく情緒に流されがちなスポーツの世界に科学的な論拠を持ち込んで、結果につなげているところはやはり斬新です。

 

考えてみれば、世の中で、しがらみや情緒に流されていて、科学的分析手法を駆使すれば、飛躍的な成果をあげられるような分野というのは、結構あるのではないかという気はします。特にスポーツの世界ではそうした傾向が強いように思います。

 

ただ、そうしたデータ分析に基づくやり方が本当に人々をハッピーにするかどうかは、よく考えなければならないように思います。スポーツの世界では、ある程度情緒的な部分があるからこそ、人々の心に訴えるような気もします。勝つためにデータ分析に依存して、四球に頼るつまらないゲームを観客に見せる結果となってしまっては、本末転倒です。

 

そういった点も含め、本書は科学的分析手法の意義を考えさせてくれる刺激的な内容でした。

久々のジャズライブ@季立

今日は季立で久々のジャズライブを鑑賞。近藤和彦(as)Trio 中村健吾(b)秋田慎治(pf)という豪華なラインナップで、しかもこじんまりとした店内で演奏が聴けるというわけで、楽しみに足を運びました。

 

♪What Is This Things Called Loveから始まり、サド・ジョーンズガーシュインの曲名をひっくり返して作ったという♪Evol Deklaw Ni、ウェイン・ショーターの♪E.S.P.、チャールズ・ミンガスの♪O.P.などが続き、アンコールは♪Saxophone Colossusで大いに盛り上がりました。

 

3人とも一流のエンターテイナーであり、それぞれが優れた演奏テクニックでチャーミングな演奏を繰り広げ、狭い店内は大盛り上がりでありました。

 

選曲も、スタンダード中心に、それぞれのオリジナルも1つずつ演奏され、バランスのとれた構成でした。

 

久々のジャズライブに酔いしれた夜でした。

 

「雨のニューオリンズ」★★★★

 

雨のニューオリンズ [DVD]

雨のニューオリンズ [DVD]

 

 

シドニー・ポラック監督、ナタリー・ウッドロバート・レッドフォード主演の作品です。

 

ある田舎町で下宿を営む女のもとへ、一人の男オーエンが汽車でやって来た。女には2人の娘がおり、姉のアルバはその美貌から男達の気を引いていた。アルバは母親から中年の男との結婚を迫られていたが、アルバにその気はなかった。

オーエンは実は首切りのための調査員だった。首切りで雇用が減れば、下宿の経営は厳しくなる。しかし、アルバはオーエンに一目惚れしてしまう。

アルバの母親は、下宿をたたみ、メンフィスに移住することを決断するが、アルバは反対する。アルバは母親の勧める男と結婚してしまうが、男から金を抜き取った上、ニューオリンズにいるオーエンのもとへ逃げていく。

オーエンとアルバはニューオリンズで幸せな生活へ踏み出すが、そこへアルバの母親がやって来て、アルバが結婚していることをオーエンにバラしてしまう。アルバは絶望して街に消えていく。

その後、アルバは間も無く病死する。。。

 

テーマ曲となっている♪Wish Me A Rainbowが印象的です。


This Property Is Condemned / Wish Me A Rainbow

冒頭とラストは、アルバの妹ウィリーが姉を回想する形となっています。ウィリーは、今では家族を失い1人で生きているのですが、奔放で壮絶な人生を歩んだ姉のことを慕い、懐かしく振り返っています。そんなウィリーの目を通して、姉のアルバの儚い人生がより際立ちます。

 

アルバのキャラクターがもっと魅力的だったら、より魅力的な作品となったように思いますが、何とも言えぬ切なさが魅力的な作品でした。